雨宿り

月丘翠

雨宿り

今日は雨がひどい。

私はビルの2階に入っている喫茶店から外を眺めている。

仕事が早く終わって早めに帰ろうと思ったが、雨がひどい。

今日は天気予報を見忘れ、傘を持っていないので、喫茶店で少しコーヒーを飲んで止むのを待つことにした。

旦那に連絡をしたら、傘を持っていくから待っておくようにと連絡があった。


なんとなく見ていると、向かいのビルに男の子が一人立っている。

高校生くらいだろうか。黒い傘と赤い傘の2本持って誰かを待っているようだ。

男の子は、駅の方を見ている。

しばらくすると、男の子が駆け出した。

その先に同い年くらいの女の子がいる。

男の子は、女の子に傘を差し出すが、傘をさすことなく、2人で1本の傘に入って帰って行く。

微笑ましい光景だ。


私も高校の頃に同じような経験をしたことがある。

あの時は、部活の帰りで、1人で自習練をしていたら、雨が降ってきていて、傘がなく途方にくれていた。

その時、傘を差し出してくれた男の子がいた。

その傘は、外側は黒なのだが、中は真っ赤なバラ色だった。

「どうぞ」

彼はそう言って笑った。

「でも、あなたが困るんじゃ?」

「あぁ・・・確かに風邪ひくかも」

そういって外をみると、土砂降りで止みそうにない。

この1本の傘に2人で入ったら、2人とも濡れてしまうことだろう。

「もう少し止みそうにないし、少し話でもしない?」

彼に言われて、暇だったし、帰れそうにもなかったので、了承した。

「傘の模様すごいね」

私はストレートに感想を伝えた。

「これ母親のなんだよ。閉じたら黒いから間違えちゃって」

「確かに、閉じたらわからないかも」

「まぁ傘だし雨がしのげればそれでいいかなって思って、気にしないようにしてた」

「気にしないようにしてたってことは、気にしてるんだ」

「そりゃそうだよ。この真っ赤なバラ色の傘を気にしない方が無理でしょ」

「確かに」

私はそのリアクションが面白くて少し笑ってしまった。

「まるで外と内で違うなんて人間みたい」

「言えてる」

こんなことを言って引かれるかと思ったが、彼は笑ってくれた。


「君はどうしてこの時間まで残ってたの?」

「あぁ、バスケの自主練で」

「バスケ部なんだね」

「うん。君は?」

「僕は、絵を描いてたらこの時間になってた」

「美術部?」

「うん」

少し静かになって、雨の音だけが聞こえる。

「雨ってさ、神様の涙だっていう絵本を読んだことあるんだけど、知ってる?」

彼は突然絵本の話を始めた。

「初めて聞いた。もしそうなら今日は号泣だね」

「確かに」


雨はひどくなって止みそうにない。


「ねぇ、その絵本ではどうして神様は泣いてるの?」

「確か・・・人間が好き勝手にして木が切られたり、人々が喧嘩をしているのをみてだったと思う」

「ふーん、情操教育に良さそうな本だね」

私は少し絵本に興味を持った。

「ねぇ、その絵本って最後どうなるの?」

「泣き続ける神様を泣き止ませるために、人々も動物も仲良くなるみたいな話だったような気がする」

「へぇ。そうなんだ」

神様は泣き止んだのだろうか。

「実際、絵本みたいにみんなが仲良くするのって難しいよね」

「確かにそうだね」

「・・・そんな世界になったらいいけど」

私は思わず、つぶやいていた。

「わかんないけど、まずはそうなりたいって思うことが大事かもね」

「思うこと?」

「そう。だって飛行機も飛べたらいいなって思ってから発明されたわけだからさ」

「思うことで実現できるってこと?」

「うーん、というより、思うことが最初の一歩的な?」

「そっか」

立っているのがしんどくなって、傘立てに端に腰をかける。

「じゃあ神様っていると思う?」

「何?変な宗教でも誘うつもり?」

私がからかうようにいうと、彼は慌てて否定した。

「違うよ。雨が神様の涙なら、神様がいるってことだからさ。君はどう思う?」

「そうねぇ、私は会ったことないよ」

「そりゃそうだろうね。僕も会ったことないや」

「神様って皆の運命を決めているんだよね?」

「そういうイメージはあるね」


「じゃあ、例えばさ…」

私はその辺に落ちている小さな石を拾うと、ひょいと校庭へ投げた。

「この石を投げたのは私でしょう?」

「うん」

「この石を投げるって決めたのは、私だよね?」

「うん」

「だよね、じゃあ私があの石の運命を決めたから、私はあの石の神様だね」

「なんだよ、それ」

「だって私があの石の運命を決めたんだもの。あの石の神様は私だよ」

「横暴だなぁ」

「私は神様だから、崇め奉りたまへ」

私がふざけていうと、彼は少し笑って「神様なら雨を止ましてくれよ」と言った。

「それは雨の神様に頼まないとね」

私がそういうと、「それもそうか」と彼は納得していた。


「ねぇ、どんな絵を描くの?」

私は彼が持っているスケッチブックを指差した。

彼は恥ずかしそうにしながら、「大したもんじゃないけど・・・」とスケッチブックを開いた。

そこには山や川、花畑など自然の絵が描かれていた。

中にはバラも描かれている。

どの絵も生き生きとしているように感じる。

「めっちゃすごいじゃん」

「ほんと?」

彼は照れくさそうに頭をかいた。

「絵の神様だね」

私がそういうと驚いた顔をして、「それはないよ」とさらに顔を真っ赤にさせていた。

「私も何か才能がほしいな」

「石の神様なのに?」

「石の神様だけど、他にも才能が欲しいの」

「バスケ頑張ってるんでしょ?」

「・・・頑張っても上手くできなきゃ評価はされないんだよ」


私は自分のレギュラーの座を後輩に奪われた時の最悪の気分を思い出した。

“先輩、なんかすいません”

そう言われた時、完全に負けた気がした。


「勝負の世界は厳しいんだね」

「そうだよ」

「僕も絵では評価されないよ。僕レベルの絵を描く人なんて五万といるからね」

「そっか」

「みんな自分だけの特別な何かを探してるんだろうけど、それが見つかる人なんてほんの一握りなんだろうな」

「だね」


雨は少しずつ大人しくなっていく。


「特別になりたいって思うと、悩んで疲れるから、そんなこと考えなければいいのにね」

私はため息をついた。

「でもそうやって悩むからこそ、人間は成長するんじゃないかな」

「・・・人間って疲れるね」

「うん、人間は疲れるよ」

2人でため息をついた。

「でもさ、こうやって誰かとぼんやり雨を見ながら話せるのは、人間の特権かも」

「確かに他の動物がそんなことしてるところ、見たことないな」

「悪くないな、人間も」

「そうだね。人間も悪くない」

私たちはそういって少し笑った。

「雨、おさまってきたね」

「うん」


彼が傘をバッと開いた。

真っ赤なバラ色が見える。


「石の神様、この絵の神様と一緒に帰りませんか?」

「えぇ、喜んで」

そう言って、私は彼の傘に入った。

結局、2人とも肩は少し濡れてしまった。


私はそんな日のことを思い出しながら、コーヒーを啜った。

その後もぼんやりとしていると、見たことのある男の人がビルに入ろうとしているのが見える。

そして少しして「迎えに来たよ」そう言って彼は笑った。

ビルの入り口に立つと、彼は傘をバッと開く。

真っ赤なバラ模様が見える。

「この傘、好きだね」

「うん」

今日は二人ともあまり濡れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨宿り 月丘翠 @mochikawa_22

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ