第31話 初めての感想コメント
ジャグジーの底から戻ってきたオオカミさんは、顔を隠したまま「フロ入ってくるわ」とプールを出て行ってしまった。
一人でジャグジーに浸かり続けるのもアレなので、僕もプールを出て温泉に浸かった。
ちなみにプールから出るとき監視員のおばちゃんに「お姉ちゃん美人ねぇ」って言われた。
そうでしょうそうでしょう? でもねおばちゃん。僕、彼女と同い年なんですぅ。
待ち合わせ場所の休憩室に向かうと、オオカミさんの姿はまだなかった。
一面畳敷きの休憩室の端っこでごろんと床に寝転がる。スマホで、「ひつじ小屋」のアカウントをチェックする。
初めて録らせてもらったオオカミさんの声。教室で眠っている僕にささやきかけたシチュエーションを再現してもらった音声は、このアカウントにアップしてあった。
反応は……残念ながら、ゼロ。
「SNSの運営も勉強しなきゃな〜……」
とりあえず、関係者……同人音声サークルや、声優、スタジオなどのアカウントをフォローして、投稿をチェックしたり互いに拡散したり……。
そしてなにより、作品を完成させること。
商品が無い店には、お客さんはやってこないのだから。
* * *
カシャッ
「ふがっ?!」
カメラのシャッター音で目が覚めた。いつの間にか、畳の上で寝落ちしてたみたいだ。
照明が点々と並ぶ天井、そして、スマホをこちらに向けて覗きこむオオカミさんの顔。
バッと跳ね起きる。
「悪ぃ悪ぃ、ガチサウナってたわ」
「ガチサウナ」
オオカミさんが謎の単語を放つ。お風呂上がりで肌がつやつやしている。あと、いま僕の寝顔撮りました???
かすかに湿り気が残る髪をいじりながら、オオカミさんが言う。
「ほらあたしフィンランド人の血が流れてっからさ、あると長居しちまうんだよ、サウナ」
「フィンランドなんですね……ええと、お父さんですか?」
「んーん、マ……母さん」
リラックスした様子のオオカミさん。いまママって言いかけたよね? パパママ呼びなのか、オオカミさん。かわいい。
「サウナ、僕は苦手ですね……」
「もったいねぇ。気持ちいーのに」
「いやどう考えても身体に悪いじゃないですか。汗ダラダラ流して、その上水風呂入るんですよね? 心臓ぱぁになっちゃいますよ?」
「分かってねぇなぁ……それがイイんじゃねぇか」
「心臓ぱぁ……が?」
「そっちじゃねェよ」
どう考えても身体に良いとは思えない。僕が怪しげな目で見ていると、オオカミさんがぽつりと言った。
「一緒に入るか?」
は……?
「はぃ!? ななな、なに言ってるんっ、ですか!! 嫁入り前の女性が!」
男女が一緒にサウナなんて、そ、そんなの! あーダメダメ! コラ〜〜ッ!!
オオカミさんは怪訝そうに眉を寄せていたが、次第に顔が桃色に染まってきた。
「ばっ、ちげっ! 裸じゃねェよ! 水着で入るサウナあるだろ!」
「あっ、あ〜〜〜〜!? ……そんなのあるんですか?」
「あるんだよ! ヘンな勘違いすんな。ばか」
なぁんだ、焦ったぁ……
…………んん?
なんかなし崩し的に問題ないみたいになってるけど。
正直、水着もかなり刺激強いですからね???
スポーツウェアっぽい今日の水着ですら、けっこうアチアチでしたからね???
なんやねんアチアチて。……アチアチと言えば。
「今日の収録のときの演技、凄かったです。オオカミさんよく分かりましたね……その、僕が猫にヤキモチやいてるって」
アドリブとは思えない最高の演技だった。おかげで脳を焼かれた。
僕の褒め言葉に、オオカミさんはコテン、と首を傾げた。
「え?」
「……え?」
「いやあれ、テキトーに言っただけなんだけど」
「……」
ぼ、墓穴掘ったぁああああ!!!!
身体が一気に湯上がり直後みたいに火照ってくる。
「古日辻、それって、え? ん? あれ?」
「あああんまり深く考えないでください!!」
叫んだところで後の祭り。オオカミさんがニヤニヤ笑いながらすり寄ってきた。
「オイオイ、ホントに猫にヤキモチ焼いてたのかぁ〜? ふぅ〜ん?」
「あ! ちょ、なんですか! あ、あたま撫でないでください!」
「え〜? でもお前もこうして欲しかったんだろ〜? ほ〜れうりうりうり〜♡」
オオカミさんのオモチャにされ続けるのが癪で、僕は話題を変えようと頭を捻る。
僕のくせっ毛をかき混ぜるオオカミさんの手の感触に、そのときなぜか、プールで手取り足取り泳ぎを教えてくれたときのオオカミさんの姿が重なった。
なんか、こういう感じって……
「お姉ちゃんって感じですよね、オオカミさん」
パッと僕の頭からオオカミさんの手が離れる。
…………あれ?
反応がない。振りかえると、オオカミさんが立ち尽くして僕を凝視していた。
心なしか、顔が青ざめているように見える。
「だ……いじょうぶですかオオカミさん? 顔色悪いですよ?」
「なんで?」
「え?」
「なんでそう思ったの?」
「え、なにが……」
「『お姉ちゃん』みたいって、どうして?」
「え……? 教え方丁寧だし優しいし、なんか、いいお姉ちゃんって感じが……」
「……そっか」
「オオカミさん?」
一瞬、オオカミさんが顔を伏せる。銀色の髪が滝のようにオオカミさんの表情を隠してしまう。
不安になり、オオカミさんに歩み寄ると、パッと銀色の髪をひるがえしてオオカミさんは顔を上げた。
「なんでもねーよ」
「ンワァああああ……!」
口元に笑みを浮かべて、オオカミさんは僕の頭を乱暴に撫で回した。
頭がぐわんぐわんと左右に振り回されて、視界がめちゃくちゃになる。
でも、視界が揺さぶられる直前、オオカミさんが浮かべた表情を僕は見てしまっていた。
唇を噛んで、涙を
オオカミさんのそんな顔を、僕はこれまで何回か見てきた気がする。
大切だけど、触れたくないものを、心の奥に仕舞い込んでいるような、そんな顔。
その顔を見ると、僕の胸の奥はぎゅっと締め付けられるように苦しくなる。
オオカミさんと僕のスマホが同時に通知音を響かせたのは、そのときだった。
画面を見ると、ツイッターの通知だった。
「あ! 初めて収録した音源のツイートにコメント来てますよ!!」
「ほ、ホントだ……」
初めての反応だ! 「凄くいい声でした!」とか、そういう感想かも。うわぁドキドキしてきた。
自分たちが作ったものに、知らない人から反応が返ってくるって嬉しいなぁ……
どれどれ。
いつの間にか、オオカミさんが顔を寄せて僕のスマホを覗きこんでいた。あの、ほっぺたが、近……触れ……
「早く見ろよ。気になンだろ」
「そ、そうですね……見ますよ……」
コメントを確認する。
『演技がヘタ』
「「ア゙ァ゙ン!?」」
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