3章 オオカミさんの秘密

第32話 壁にぶつかってます……

「なにが、なにがおかしいんだ……ぁあ?」

「書けない……うぅ、みんなどうやって書いてるの……???」


 僕とオオカミさんはファミレスのテーブルに突っ伏して呻き声を上げていた。


 SNSに投稿したサンプルボイスに対する『演技がヘタ』というコメントが寄せられてから、すでに一週間が経過していた。



 現在時刻は午後四時五〇分。ファミレスの店内には、学校帰りの若高生の姿もちらほらある。

 オオカミさんは目立つから、店内を行き交う人がチラチラと視線を寄越す。けどオオカミさんは慣れっこなのか全く気にせず、イヤホンを指で押さえて、眉間に深いシワを刻んでいる。

 その鬼のような形相に、興味を示していた人たちも「ひっ」と小さな悲鳴を上げて目を背けていった。そりゃそうだ。

 だけど僕はもう怖くない。オオカミさんが殺気を放っているわけでも周囲にガン付けているワケでもないことを知っているから。

 とはいえ、不機嫌なことは間違いなかった。


「なあ、本当に分かんねーの? あたしの演技がヘタな理由」

「いや、ヘタって言うのは違うと思うんですけど……」

「そう思ってるヤツがいるのは事実だろうが。そう言われたんだから」


 そう言ってオオカミさんは再び眉間に深いシワを刻んでしまう。

 『演技がヘタ』コメント以来、オオカミさんはずっとこんな調子だった。

 てっきり「誰だこんなこと書いたヤツ見つけ出してフクロにしてやるッ!」とブチギレカチコミ一直線になるかと危惧したから、案外大人しくてそこは安心したけど……


 悩んでいるオオカミさんを上手くフォローできない自分が歯痒かった。

 いや。そもそもオオカミさんの演技力は決してヘタじゃない。正直、オオカミさんはプロレベルだと、素人目だけど思う。

 だけど、実に悔しいし情けないのだけど、『演技がヘタ』に真っ向から反対出来ない自分も、たしかにいた。

 では、どうしてなのか?


「……それが分かれば苦労しないよぉ〜……」

「なぁ~にがダメなんだァ〜……」


 オオカミさんがテーブルに突っ伏す。慌てて僕は手元にあったカップをどかす。

オオカミさんが聴いていたのは、KU100を使って収録した新たなサンプルボイスだった。

 そしてそれらも、『演技がヘタ』というコメントを見てしまったせいなのか、どうも、違和感を覚えてしまうようになった。


 でも、その違和感の正体が、分からない。

 申し訳ない気持ちを誤魔化すため、空になったカップを手に立ち上がる。


「なにか飲み物取ってきますね……なにが良いですか?」

「あたしの好きなやつ」


 ……どれ?


「わ、わかりました……!」


 ドリンクバーの前に立ち、僕はふと気づく。

 そういえば、僕はオオカミさんがどんなものを好きなのか、よく知らない。せいぜい知っているのは、可愛いものが好き、くらい。

 ため息が出る。いま僕が抱えている問題に直結しているような気がしたから。

 そう、僕もオオカミさん同様、壁にぶち当たっていた。


 台本が書けない、という壁に。


 『彼氏の前では甘々なヤンキーギャル』というコンセプトは決まっている。

 いろいろ、書きたいシチュエーションもある。なのに、それを実演するヒロイン像が定まらないのだ。

 オオカミさんのささやきからインスピレーションを得たセリフを作品に組み込もうとするんだけど、一体どういうキャラならそのセリフを言うのか、どういう状況なら言うのか、その筋道をつけられない。

 一つひとつのシチュエーションは思いついているだけに、バラバラになったそれらをまとめられないのが歯痒くて、ふがいなくて、どうしようもなくもどかしい。


 これまで僕は、幾度いくどとなく「僕の考えた最強の同人音声」を脳内で作ってきた。

 でもそれは全部、今まで聞いてきた誰かの作品から切り取ったパーツを貼り合わせたモノでしかなかったのだと思い知った。

 自分で一から新しいものを作りあげる難しさ、特にキャラクターという「人格」を作りあげる難しさに、僕は頭を悩ませていた。


 考えてみれば、僕はこれまでほとんど他人に興味を持たずに生きてきた。そのツケが、キャラクターを描けない、という大きなしっぺ返しになっている気がしてならない。


 ドリンクバーに他のお客さんが来てハッとする。結局、オオカミさんの好きそうな飲み物は分からず、なんとなくでココアを選んで席に戻った。

 目の前にホットココアが置かれたオオカミさんが、ムスッとした顔になる。


「え~ココアかよぉ……古日辻のは?」

「えと、シャルドネ?スパークリングってヤツです」


 炭酸の白ブドウジュースが注がれたグラスを見て、オオカミさんが手を伸ばす。


「そっちくれ」

「え、でも、これ僕の……」

「ココアやっから」

「いやでも、それって……」


 それって……!!

 言葉に詰まっている僕に、オオカミさんが呆れた顔でため息をつく。


「いい歳こいて間接キスとか気にしてんじゃねぇよ」


 この年頃が一番気にするんじゃないんですかねぇ!?!?!?


「ん。うま~」


 ブドウジュースを一口飲んで目尻を下げるオオカミさんを見ていると、反論は喉の奥に引っ込んでしまった。

 表情がゆるんだのも一瞬、オオカミさんの眉間にまた気難しげなシワが寄る。


「……なぁ、声の演技の参考になるものってないのか?」

「えと、アニメとかは」

「それはもう見まくってる」

 すごい。さすが……

「えぇっと……あ、じゃあVチューバーとかは、どうですか?」

「Vチューバーって……」


 あ、説明した方がいいかな。

 Vチューバー、バーチャルユーチューバーについて説明しようと口を開きかけると、オオカミさんがある名前を口にした。


「……「もこぴ」とか?」

「えっ?」

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