第30話 オオカミさんと一緒にお風呂

 オオカミさんと一緒に、プールに併設されたジャグジーに浸かる。

 プールより温度高めで、大量の泡と一緒に吹き出す温水が肩に当たって気持ちいい。


「うぁあああ〜〜〜」

 

 遠泳(流れるプール一周)で疲れきった体に温かさが染み渡る。堪えきれずに口から情けない声が出た。

 オオカミさんも隣で「ぅおおお〜……」と表情をトロけさせている。うわ、なんかイケない顔を見てしまった気が……。


「よし、じゃあ古日辻ここ座れ」

 

 身体が温まると、オオカミさんが自分の前をばしゃばしゃと叩いた。

 段の所に座ったオオカミさんの前に、正座して収まる。


「お〜し、じゃあいっちょやってみっか」


 あの、背後で指ポキポキやられると怖いのですが……。

 つむじの辺りに、オオカミさんの視線を感じた。

  

「……前から気になってたけど。古日辻の髪って、パーマかけてる?」

「いえ……地毛です」

「ヘェ〜いいな〜」

「いや、面倒くさいだけですよ……梅雨とかめちゃくちゃになるし……」

「でも可愛いじゃん」

「かわっ、あ、ありがとうございます……」

「ちっとは自分に自信持て」

「は、はい……ひゃぁ」


 思いがけない言葉に戸惑っていると、オオカミさんの指が髪にもぐり込んできた。

 ゆっくりと髪の毛をかき混ぜて、頭皮をやさしくマッサージする。


「痒いところとか、もっと洗って欲しいところある?」 

「んん……きもちいいです……」

「そ? 良かった」


 ふわっと微笑む吐息が、首筋をくすぐった。

 僕とオオカミさんの距離はほとんどゼロで……

 なんか……ときどき背中に何かが当たるような気がするけど……

 ……ジャグジーの泡かもね!

 

「んー……」


 僕の頭をわしゃわしゃしていたオオカミさんが、小さく唸った。


「気づいたけど……シャンプーしながら耳もとで声出すのは姿勢的にキツいな」


 言われてみれば……? もしそれをしようとするなら……


「あ、いや違ぇな。くっ付きゃできるか……」


 オオカミさんはブツブツと呟きながら、ゆっくりと体重を僕の方へかけてくる。あの? オオカミさん? そのままだと……


 むにゅぅ。


 ンワッ!? オオカミさ、むね、ムネが! 背中に! ああ! ムネオオカミさん!?

 オオカミさんの胸が背中に押しつけられる。あの、なにがヤバいって、僕いま上半身裸なんですけど! 

 これまでオオカミさんにハグされたことは何度もあったけど!

 少ない! 枚数! 布! 


「あーなるほどな。こーすりゃフツーにシャンプーしながらでもささやけるな」


 確認作業に夢中になっているせいか、オオカミさんは自分が今どんな姿勢をしているか全く気にしていない。

 右肩に、オオカミさんの顎が乗る。


「つっても、これだと手の角度がキツいな……。いや待て、実際にシャンプーするわけじゃねぇもんな。ンなことまで気にしなくて良いのか。聴いてる側からすりゃ関係ねーしな。あーくそ、でも気になんなぁ……」


 真剣な顔でオオカミさんが呟く度に、僕の耳もとにぽしょぽしょと吐息がかかる。

 オオカミさんの無意識な無声音ささやきに、僕は背筋がぞわぞわしっぱなしだった。

 その上、オオカミさんが位置取りを変える度に、背中に胸が擦りつけられて……その……


「……するってーと、やっぱ密着はここぞってセリフでやるべきだな。距離感に緩急つけるっつーか……オイ、古日辻。台本でちゃんと距離感意識して……どした?」


 ずっとひとり言だったオオカミさんが、怪訝な声を出した。


「おい、顔真っ赤だぞ。のぼせたか? いやでもそんなに熱くねーよな……ん?」


 いや、その、もう、アチアチです。

 心配げな声が、突然途切れる。かすかにぷるぷると振動を感じる。

 あ、ヤバい。これはゲンコツコースかな。


「あ、あぁ、あ……」


 上ずった声が聞こえたと思ったら、背中に触れてるオオカミさんの肌が、ぼわっと熱くなった。


「お、オオカミさん……あの……」

「ごぼぼぼぼぼぼ」

「えッ!?」


 振り返ると、オオカミさんがジャグジーの泡の中に沈んでいた。


「オオカミさんッ!?」

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