第112話 学園長も来た

「言っちゃったんだねー」


「ムリに言わなくても、良かったのですよ」



「いえ。隠すほどのことでもありません。


わたくしは、あのバカに、婚約破棄されたのですから」



「そうか。それは、よかったな。


人生を、ドブに捨てるようなことにならなくて。


あのバカに、お前は、もったいない」


「シュウくん、口が悪すぎるよ」


「でも、シュウの言うとおりですね」



「お前ら、言いたい放題ほうだいだな」



「でも、いいの? あいつら、今度は、炎系の魔法を撃つみたいなの。


【反射】したら、ただじゃすまないの」


ヒスイが、心配そうに言った。


「うーん。ほんとだねー」



「でも、いざとなると腰砕けになるのですわ。あのバカは。


焼き払うとか言いながら、初級魔法の火球を撃とうとしてるでしょう」


「ほんとだね」



「やはり、馬車がしくなったのでしょうね」


「でも、そのお陰で、命拾いするんだからよ。


まあ、結果的には、よかったんじゃねえか」




「「「いけっ! 火球!」」」




ぼうっ!


キィーーーーーン!


ぼうっ!




「「「うぎゃーーーっ!」」」



「三人で、火だるまになってるのです!


とっても、面白いひとたちなのです!」


相変わらず、ルリは、嬉しそうだ。


たしかに、コントだと思えば、楽しいかも知れない。




「何事だっ!」


さすがに、衛兵たちが駆けつけた。



炎が見えたからだろう。


高齢の魔道士も、駆けつけてきた。



ウオーター




ざっぶーーーーーーーーーん!



いっしゅんで、火は消し止められた。


なかなかの魔道士らしい。



「まあっ。学園長が、来られてますわ!


着替えたほうが、よろしいでしょうか?」


「そうね。……でも、寝ていたことにもしたいし」



「それなら、オレが、着替えながら行く。


聞かれたら、女性陣は着替え中だと言うから、遅れて出てくればいい」



「そうですね。それがいちばんでしょう」


「わかったよー」


女性陣も着替え始めるようだ。



「待てよ。オレも行くからよ」


ぼくとドワーフ兄は、ズボンと靴を履いた。


そして、上着を羽織りながら、馬車から降りた。



「おおっ。シュウくんじゃったか。久しいの。


やはり、おヌシの馬車であったか」



編入試験の時に、面接をしてくれたじいさんだった。



「学園長だぜ」


ドワーフ兄が、小声で教えてくれた。



「へえ。そうだったのか」


ちょっと、びっくり。


事務の偉い人かと思ってたよ。





「衛兵っ!あの平民どもを、さっさと捕らえろ!」


「殿下に、魔法を放ったのだぞ。不敬罪だ!」


 

衛兵たちは、学園長をちらりと見た。


きっと、皇子たちの話が聞こえていたんだろう。



この間の、貴族のクソガキもそうだったよね。


もっと、小さい声で話せないんだろうか?



「シュウくんは、魔法など放っておらん。


魔法の発動など、感知できなかったはずじゃぞ」


学園長が、きっぱりと言った。



「い、言われてみれば、そんな気が……」


「でも、たしかに、こうして、火に焼かれたのですぞ!」


「そうだ。さっきは、風で飛ばされたんだ!」



三人で、抗議している。


いや。ひとりだけ、まともだったか?



「ふむ。わからないのも当然かの。よいか、見ておれ」



火球ファイアーボール



ぼうっ!



第二皇子たちとは、比べ物にもならない。


強い炎が、一直線に飛んで行った。




「学園長、何をする!」


「馬車が、焼けてしまうではありませんか!」


「陛下に、献上するのですよ!」



自分たちで焼こうとしたのは、忘れたらしい。


清々すがすがしいほどのバカだった。




キィーーーーーン!



たちまち、火球は、はじかれた。


そして、同じ速度で、学院長に襲いかかった。



水壁ウォーターウォール



学園長の前に、水の壁が現れた。


火球は、壁に飛び込むなり消えた。



「な、なんなのだ。今のは」


「魔法が、跳ね返ってきた?」


「ま、まさか。そんなこと、あるはずがない」



「『反射結界』とでも言えばいいかのう。


古代の魔法じゃよ。


これで、わかったじゃやろう。


シュウくんは、殿下に、魔法を放ってなどおらん。


おヌシらが、自分で撃った魔法が、跳ね返ってきただけじゃ。


そこで、聞かせてもらいたいのじゃが。


なにゆえ、シュウくんの馬車に、魔法を放ったのかの?」



「そ、それは……。殿下が、平民を呼んだのに無視したからですよ」


「ほう。なぜ、こんな夜中に、呼び出そうとしたのじゃな?」



「それは、馬車を、陛下に献上させようと思ったからに決まっている」


「陛下に献上じゃと? 


なぜ、シュウくんが、馬車を献上せねばならんのかの?


いや。それ以前に、陛下が献上させるように命じたのかの?」



「い、いえ。陛下に命じられた……わけではありません。


だが、こ、この国の民ならば、献上するのが、当然ではありませんか!」



「ワシは、当然などとは、全く思わぬが。


シュウくんは、この国の民ではない。


いわば、旅行者であり、冒険者じゃよ。


冒険者に、馬車を献上せよと命ずることが、どういうことか。


殿下は、理解されておるのかの?」



「そ、それは……」


「殿下、マズイですよ。これが冒険者ギルドに知られたら……」


「な、なんだと。冒険者が何だというのだ。


わたしは、この国の皇子だぞ。冒険者ごときに……」



「冒険者ごとき……とは、恐れ入る。


冒険者が、なにか悪さでもしたかと、あわてて来てみれば。


まったく、逆だったとはな……」


美人のおばさんまで、現れた。



「貴殿が、こっちへ来るとは、珍しいのう。


ああ、そうか。ダンジョンの異変を調べにきておったか」



「ええ。来ないわけにもいかんでしょう。


二日も続けて、こんな騒動になれば。


ところで、あの少年は、もしかして……」



「そうじゃよ。貴殿も聞いておるじゃろう?


昨日は、最下層で、姫を救出。


今日は、一階層で、ミノタウルス二体を仕留めておる」



「ふふふ。その彼の馬車に、魔法を放ったのですか?


こちらの勇敢な皇子さまは」


美人のおばさんが、嘲笑わらっていた。



「まあ、そういうことじゃの」



「ま、まさか。平民ごときに、そんなことができるわけがない!」


「う、嘘に、決まってる!」


「みんな、だまされてるんだ!」



「嘘でも何でもいいが。


オレたちは、もう、馬車に戻っていいか?


夜明けには、公爵領に向けて、出発したいんでな」



「おお。それもそうじゃの。


殿下のことは、こちらに任せてもらっても、かまわんかの?」



「ああ、それでいい」





「ま、待て!そこにいるのは、リーゼではないか!」


馬車に戻ろうとしたら、皇子が、侯爵令嬢を呼び止めた。



「おやめください。あなたに、名前で呼ばれる覚えはありませんわ」



「ま、待ってくれ! わたしは、どうかしていたのだ」



「どうかしていた? なんのことですの?


公爵家の令嬢に、『聖女』の神託が下るなり。


『真実の愛』に目覚めたとか言い出して。


わたくしとの婚約を破棄されたことですの?」



「い、いや。あれは、気の迷いだったのだ。


あんな『聖女』との婚約など、とっくに破棄した。


わたしは、気づいたのだ。


わたしが、ほんとうに愛しているのは、リーゼだけだと」



「『聖女』さまとの婚約まで、破棄されたのですか!


あきれてモノも言えませんわ!」



__なるほど



あの『聖女デブ』との婚約を破棄したんだ。



__あれ?



でも、あの『聖女デブ』。



指輪のためなら、ぼくとでも婚約してみせるとか。


なんか、ひどいこと言ってたよね。



もしかして、ケッコン詐欺?


まあ、どうでもいいけどさ。




「ほう。デブったくらいで、冷めるのか?


お前の『真実の愛』とやらは……」


つい、皮肉ってしまった。




「ダメだよ、シュウくん。そんなこと言っちゃ」


アネットが、ぼくをしかった。


笑ってるけど。




「き、きさまっ!殿下になんてことを!」


「ゆ、許さんぞ!」


怒鳴りながも、ふたりとも顔が、にやけている。




__やっぱり



こいつらも、そう思っていたんだ。



『真実の愛』なんて言い訳をするから、みんなに見透みすかされるんだ。



令嬢で、しかも『聖女』。


だから、さっさと乗り換えたんだろうに。



婚約破棄を、非難されることが怖かったのかな?


傲慢なのは、小心の裏返し?





「ほっほっほっ。もう、そのくらいでいいじゃろう。


リーゼくんも、すまんかったの。


出発は、早朝じゃろう。


もう、馬車に戻って、休むといい。


あとのことは、こちらに任せてもらうでの」




「ありがとうございます。それでは失礼させていただきますわ」


「わたしも、失礼しますね。学園長」


「学園長。おやすみなさーい」



皇子は、何かわめいていたけど、無視して馬車に戻った。




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