第35話 屋台とグリフォン

翌朝。



「はい、これで、登録は完了です。


おそろいのベストなんて、かわいいですね」



冒険者ギルドに来て、従魔登録をした。


もちろん、ソフィアも一緒だ。



「白竜の次は、白狼ですか。


どっちもかわいいし、めずらしいし。


もう、見せるだけで、お金が取れるレベルですよ」



__するか。そんなこと。



「シュウ。 わたしは、冒険者ではありません。


そもそも、登録していませんから」


「そうか。 でも、無理に登録する必要はないぞ。


オレだって、薬草くらいしかやってないし……」


その薬草も、まだ、自力では採れてないんだよ。




「ソフィアちゃんは、これからどうするの?」


受付嬢が、馴れ馴れしく、ソフィアに話しかけた。


「まだ、考え中ですが。 シュウと相談して決めようと思っています」



「それならさ。 いっしょに帝都に行かない?


私、そろそろ戻らないといけないの」


「もう、実習は終わったのですか?」


「うん、もう単位ももらえると思う」



「なんだ。 お前、正規の職員じゃなかったのか」


どうりで、ポンコツだと思ったよ。



「実習生ですよ。 なんだか、失礼なことを考えてるみたいですけど」


ポンコツでも、勘がいいのかな?



「アネットは、魔法学院の学生なのです。


それで、夏休みの実習で、実家のある辺境領に戻っていたんです」


「実家のあるギルドのほうが、いろいろとやりやすいからね」




「ずいぶん、仲がいいんだな」


「ええ。 親同士が、知り合いなのですよ。


それで、わたしたちも、会う機会が多かったので……」



「でも、ソフィアちゃんは、『戦姫』だったからね。


いつも、忙しそうだった。 気の毒なくらい」


受付嬢が、申し訳なさそうに言った。


それなりに、気にしていたのだろう。



「そうですね。 でも、それも終わりました。


いまは、こうして、かわいい竜や狼と遊んでいられます。


すべて、シュウのお陰ですけれど」


「オレも、ソフィアのお陰で、助かっている。


お前がいなければ、もっと困っていたことだろう」



「はいはい。ごちそうさまです。


仲がよろしいことで、うらやましいです。


それで、どう? いっしょに行く?」



「シュウは、どうしたいですか?」



「いや、ソフィアが決めてくれ。


せっかく、自由になったんだ。


お前のしたいようにすればいい」


冒険者登録も済んだし、ソフィアとも合流できた。


正直言って、この街に用はない。



「ありがとうございます。 そうですね……。


とくに、したいこともないので、アネットと帝都までいきます。


あとは、帝都に行ってから考えましょう」


「やったあ! これで、ソフィアちゃんといっしょにいられるね」


「そうですね。 もう、呼び出されることもありません。


ゆっくり、お話でもしましょう」







「たしかに、小綺麗な屋台ですね」



あの屋台に、またやってきた。


雛竜のほかに、ちびフェンリルまで増えた。


食堂には、一生、入れない気がする。



屋台には、先客がいた。


なにやら、話し込んでいるようだ。



「あれ? どうして……」


アネットが首をかしげている。


先客は、いかにも貴族っぽい服装だ。



正直、貴族には、関わりたくない。


別の屋台を探そうとしたら、おばちゃんに、声を掛けられた。



「竜の兄ちゃんじゃないか。 ちょうどよかった。


いま、あんたの噂をしてたところなんだよ」



逃げそこねてしまった。


なんだろう。 ぼくの噂って。



「あんた。 この間、串焼きに変わった調味料をかけてたろう」


「胡椒のことか?」


はぐらかしてみた。



「しらばっくれるんじゃないよ。


何も、怒ってるわけじゃないんだよ」



だめだった。



「あの、黒いソースのことだよ。


なんだか、ずいぶん香ばしい匂いがしてたじゃないか。


こちらの辺境……いや、殿方がね。


アレを食べたいとおっしゃて、困ってたところなのさ」


「そうか。 悪いが、オレは、貴族とは関わりたくない。


また、食いに来るから、その時にでも教えてやるよ」



帰ろうとしたら、貴族のおっさんがわめいた。


ガラのわるいおっさんだった。



「ちょっと待て、コラ。 貴族と関わりたくねえだと。


ウチの娘を連れて歩いてるくせに、何言ってやがるんだ」



「ウチの娘?」


オレは、眉をひそめた。


ここには、ソフィアと、アネットしかいない。


竜とワンコは、別枠だろうし。



「まさか……」



「わたし。 いちおう、貴族なんだけど、気づかなかったの?」


「そうですよ。 アネットは、辺境伯のおじさまの娘。


れっきとした貴族令嬢です」



「お前、貴族だったのか。 貴族もぴんきりだな」



「それ、どういう意味!」


「シュウ。 今のは、ちょっと失礼だと思いますよ」



「そんなことはどうでもいい。 竜の小僧、いい機会だ。


ちょっと、顔を貸しな。 いろいろ聞きてえことがある」



「どうでもいいって……。 お父さまひどい……」


「おい、アネット。 お前の父親って、ほんとに貴族なのか?


気品ってものが、感じられないぞ」



「シュウ。 そんなことを言ってはダメですよ。


辺境伯のおじさまは、こう見えて、帝国の重鎮です。


帝国でも、上から数えたほうが早い、高位の貴族です。 それに……」



その時だった。



カンカンカンカンカン!



激しく、鐘が打ち鳴らされた。



「何があった!」


貴族のおっさんが叫んだ。



すると、どこからともなく、騎士や魔道士が飛び出してきた。


「何か大きな魔物が、こちらに飛んできているようです!」



「ちっ、こんな時に。


おい、竜の小僧。 逃げるんじゃねえぞ」



「知るか。 領主なんだろう。 さっさと仕事して来いよ」


もちろん、逃げるに決まってるさ。



「アネット。 いちおう、建物のなかに隠れろ!


ヤバイやつが来たのかもしれねえ」


「はい。 お父さま」


父親の危機感を感じ取ったのか。


アネットが、急に真剣な顔になった。



「なんだよ。 もう、こっちまで来てるじゃねえか」



「たしかに速いですね。 おそらく、グリフォンではないでしょうか」


ソフィアが、落ち着いた口調で言った。


さすが、元戦姫だね。



「グリフォンだと! また、厄介なヤツが来やがったな」



「そんなに厄介なのか?」


ソフィアにたずねた。



「ええ。かなり強いです。ワイバーンなんて雑魚ざこに見えるくらい。


でも、ドワーフの里のワイバーンは別ですよ。 あれは、別格ですから」



__そうなんだ。



「ふたりとも、どうして、そんなに落ち着いてるの?


あのグリフォン。 こっちに向かって来てるんだよ!」



「ああ。 たしかに、ここに来そうだな。 なんでだ?」



すると、とつぜん、雛竜が声をあげた。


「きゅいーーーーーーーっ!」


なんだか、敵意をむき出しにしている。



「まさか、その竜が狙いか?


……うん? おいおい、マジかよ。


そいつは、【古代竜】じゃねえか!


なんで、こんなところにいるんだよ!」



「オレの、かわいいペットだからに決まってるだろ」


さすが『帝国の重鎮』。 


『鑑定』持ちなんだ。



「きゅいーーーーーーーっ! きゅい、きゅい!」



「がるうーーーーーーーっ! がうっ、がうっ!」



今度は、ちび狼まで、吠えだしたぞ。


威嚇いかくでもしてるんだろうか?



「このままじゃ、やべえぞ。


その二匹を黙らせろ……って。


おまえ。 それ、【フェンリル】じゃねえか。


なんで、【神獣】まで連れて歩いてんだよ。


ちゃんと、領主のオレに知らせろよ!」



「ふん。 担当は、アネットだぞ。 それは、自分の娘に言えよ」



「なんだと! アネットどういうことだ?」



「まさか、【古代竜】と【フェンリル】だなんて思わなかったんです。


おとぎ話じゃないんですから、わからなくて当然です!」


アネットが、開き直っていた。



グリフォンが、急降下してきた。


さらに、速くなったよ。



ウチのコンビは、いっそう激しく吠えた。



「きゅいーーーーーーーっ!きゅい、きゅい!」


「がるうーーーーーーーっ!がるっ、がるっ!」



うーん。 がんばってるなあ。



「おいっ! その、ちびたちが狙われてんだぞ!


さっさと、そいつらを逃がせ!


まったく! なんだって、ちびどもは、そんなに威勢がいいんだよ!」



「ここに、シュウがいるからです。


シュウがいれば、ぜったいに大丈夫ですから」


ソフィアが、平然と言った。



「ソフィア。 お前まで、何を言って……。


おい、小僧っ! のんびり石なんか拾ってる場合じゃねえんだよ。


とにかく、ちびどもを逃してやれ! 


このままじゃ食われるぞ!


ああっ、間に合わねえ! 


ブレスが来るぞ! みんな伏せ……」





ばーーーーーーーん!





腕を振り切る前に、すごい音がした。


なんかヤバそうだから、石をぶつけてみたんだ。



グリフォンは、首から上が消えていた。



首なしグリフォンは、糸が切れたように落下。


建物に激突する寸前に消えた。



いつものように、【倒した魔物タブ】がポップアップ。


『グリフォン』の名前があった。



みんな、まだ、空を見上げて、あんぐり口を開けている。


おっさんも、アネットも。


屋台のおばちゃんも、騎士や魔道士たちも。


もう、空になんて、いないのにね。



ソフィアは、もちろん、マイペース。


竜と狼を、かわるがわる撫でている。


二匹とも、ぶんぶん尻尾を振っていた。


ぼくのときと、ずいぶん違うんじゃないか。 お前たち。



しばらくして、貴族のおっさんが、我に返った。



「おい、グリフォンはどうした?」


「撃ち落とした」


「死体は?」


「収納した」



おっさんが、大きなため息をついた。


それから、落ち着いた声で言った。



「確認したい。 あとで見せろ」



「いいぞ。 でも、よこせって言っても、やらないからな」


大蜘蛛たちのお土産にするんだから。



ブラックワイバーンは、大きすぎたけどさ。


これなら、大丈夫だと思うんだ。

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