第34話 子犬


「ここは、デス・スパイダーの領域だったのですね」


ソフィアが、大蜘蛛をみて、目を丸くしていた。



「妖精たちが、案内してくれたんだ。


薬草が採取しやすい場所だって言ってな」



「たしかに、ここなら採り放題ですね。


池の周りは、ほとんど薬草のようですから」



雛竜は、すっかり妖精たちとなかよしだ。


ソフィアの祖父母が来ている間も、こっちで遊んでいた。



ソフィアは、雛竜と妖精を楽しそうに眺めている。



暇なので、魔法の練習をすることにした。


【氷礫】を、パチンコ玉サイズに縮める練習だ。



まだ、ようやく、身長より低くなったくらいかな?


もちろん、飛ばしたりしないよ。


宙に浮かせて、縮めるだけだ。



ふと、気づくと、大蜘蛛が【氷礫】をじっと見ている。


なにか、思いついたんだろうか。


前足で、ぼくに、来い来いしている。



__こっちに来て欲しいって?



ついていくと、大きな洞穴ほらあながあった。



__この洞穴に、【氷礫】をたくさん置いてくれって?



「きっと、氷室にしたいのでしょう」


一緒についてきたソフィアが言った。



大蜘蛛も、そのとおり、とうなずいている。



お安い御用だよ。そのくらい。



ぼくは洞窟に入って、【氷礫】を発現。


それを、洞窟の壁に積み上げていった。



ソフィアは、積んだ【氷礫】の隙間を凍らせている。


崩れないようにしてるんだな。



「でも、どのくらい保つんだ?」


氷室の雪って、けっこう長持ちするのは聞いたことがある。


でも、この地下洞窟は、かなり温暖だ。


それほど長期間、低温を保てない気もする。



「シュウの【氷礫】なら、たぶん、溶けないですよ」


「そういえば、前にも聞いた気がするな」


「ええ。 そうですね。 魔力の強さによって、違うんです。


シュウの魔力は、異常です。


ですから、解除しない限りは、そのままだと思いますよ」



大蜘蛛も、うんうんとうなずいている。



魔力量が、多いとは思うけどさ。


異常ってのは、ひどいんじゃないかな。


でも、溶けないならそれでいいか。



「あとは、この一角で終わりだな」


両側面を終えて、奥の壁の前に立った。



【氷礫】を発現しようとすると、何かが足に噛みついた。


でも、結局、噛めなくて、すぐに口を離したらしい。



見ると、薄汚れた子犬がいた。


ところどころ、赤黒くなっている。


怪我けがをして、血がにじんでいるのだろう。


その上、肋骨ろっこつけてみえるほど、やせ細っている。



「これも、保存食か?」



氷室にする洞穴ほらあなだ。


きっと、保存食として放り込んでおいたのだろう。



しかし、ガリガリのせっぽちだ。


腹のしになりそうに見えない。


なにしろ、子蜘蛛だって、ぼくより大きいのだから。



大蜘蛛も、見覚えがないのか。 首をかしげている。


すると、子蜘蛛が、ささっと近寄ってきた。



__なになに?



森の中で倒れていた。


かわいそうだから、なんとなく連れてきたって。



__へえ、お前って、優しいんだね。



なに? それほどでもないって?


いやいや。 謙遜するところが偉いよ。



「シュウ。 子蜘蛛をめるのはいいですけど。


その子、もう、あまりもちませんよ」



えっ、そうなの?



__どうしよう。



子蜘蛛も、困ったのか。 うろうろし始めた。



「もし、生かしたいなら、その子に触れてください。


でも、責任をもって飼えるのですか?


そうでないなら、ここで死なせたほうが、この子のためです」



ソフィアが、どっかの、おかんみたいなことを言い出した。



__でも、そうだよな。



こんなちっこい犬だもの。


面倒見てやらないと、野垂のたれ死にするだけだ。



いつのまにか、雛竜が戻っていた。


こいつは、ぼくの居場所が、ちゃんとわかるんだ。



子犬のそばに座って、ぼくをじっと見上げている。


『助けてあげないの?』


そんなことを言ってるような気がした。



__そうだね。



一匹飼うのも、二匹飼うのも変わらない。



ぼくは、ぐったりと横になっている子犬に触れた。


子犬が、ぴくりと動いた。



「あとは、この子次第です。


シュウの【眷属】になりたいなら、魔力を吸収します」



みんなで、子犬を見守った。



子蜘蛛は、心配なのか。 うろうろしている。


雛竜は、子犬をぺろぺろめていた。



変化は、突然、現れた。



ぼくの触れたあたりから、光があふれた。


その光が、ちいさな体に広がる。


あっという間に、真っ白な子犬になった。


汚れも、血のにじみも、きれいに消えてしまった。



「もう、大丈夫です。


この子は、シュウの【眷属】になりました。


さっそく、【浄化】が発動してますから」



子犬を包む光が、どんどん強まっていく。


まだ、せてはいるけれど、まったく印象が変わった。


子犬の体から、生命力すら感じる。



うーん。 回復してるのは嬉しいけど。


なんか、ちょっと速すぎるんじゃないか?


もう、毛並みなんか、つやつやしてきてるし。


ちょっと、異常じゃないの?



「この短時間に、とんでもない量の魔力を吸収しています。


すごい回復力です。 さすが、【神獣】ですね」



大蜘蛛も、腕を組んで、うんうんとうなずいていた。



__えっ? 



いま、なんて言ったの?



「おい、ソフィア。 これは、子犬だよな?」


「何を言ってるのです。 シュウ。


私は、子犬だなんて、ひとことも言ってませんよ」



何で、大蜘蛛まで、うなずいてるんだ。



「この子は、【神獣フェンリル】です。


鑑定しましたから、間違いありません。


子どものフェンリルを見られるなんて、奇跡中の奇跡です。


ほんとうに、かわいいですね」



すっかり、気に入ったのか。


ソフィアが、うっとりとして、なでている。



子犬も、弱々しけれど、しっぽを振っているようだ。


そして、ソフィアの手をぺろぺろめている。



いっけん、心温まる光景だった。


でも、なんか、ちょっと、むっときた。



__おい。 犬っころ。



お前は、誰に魔力を貰ってると思ってるんだ。



そんな気持ちが通じたのだろうか。


子犬が、ぼくに、くんくんと鼻をすりつけた。



ようやく、本来の主がわかったようだ。



ところが、何を思ったのか。


がぶりと、思い切り噛み付いた。


おまけに、歯茎はぐきをむき出して、うなってる。



もちろん、痛くはない。


痛くはないけど……。



これって、甘噛みだよな?







その夜。




ピーンポーン!




また、チャイムが鳴った。


ぼくは、慌てて階段を駆け下りた。



「シュウさんにお届け物です。 こちらにサインを」


いつものように、羽ペンでサイン。



「あっ。 もう、お土産はけっこうですよ。


【卵ハウスの倉庫】から、じかに、いただいてるので」



天使が、玄関から消えたあと、ダンボールを開けた。


いつの間に降りてきたのか。


後ろから、ソフィアの声がした。



「フェンリル用ですね。 おそろいでかわいいです。


さっそく、着せてあげましょう」



そういって、【赤いベスト】をもって、二階に上がってしまった。



ダンボールを畳もうとすると、手紙をみつけた。



__なになに。



『さっさと、眷属に、名前を付けるのじゃ』って?



余計なお世話だと思ったが、なるほど、いうとおりだ。


ぼくは、ソフィアに、名前を考えてもらうことにした。


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