親愛なるメッセージ

まさつき

一秒のノイズ、宇宙からの伝言

 慌ただしくヒールの底を鳴らして山口萌子やまぐちもえこ研究員が観測所の休憩室に飛び込んできたのは、周防三郎すおうさぶろう博士がようやく遅い昼食を取り始めた午後三時のことだった。

「すすっ周防先生!」

 冷えた弁当のメンチカツを壮年の教授が一口食んだところで、山口は端正な口元から口角泡を飛ばして叫んだ。危うくつばきが白飯に軟着陸するところである。

「何事かね?」

 迷惑千万といった風にして、周防は箸を着地させた。山口の早とちりはいつものことであるが、それにしても今の彼女は常軌を逸している。

「観測データに異常が出ています。一秒間の複合ノイズです。しかも、規則的な周期で現れるんです!」

 周防は眉をひそめた。がっかりしたのだ。

「ああそれは、私が観測している中性子星のパルスじゃないのかね?」

「違いますっ」

 周防の語尾に被さる速度できっぱりと、山口は否定した。

「パルサーとは明らかに異なる特徴を持っています。これは……」

 興奮冷めやらぬ自分をねじ伏せるように語彙を選び、山口は言葉を継いだ。

「人工的なものです」

 やれやれとしながら再び箸先を離陸させ、周防は残りのメンチカツを口に運ぶ。

 だがそれを最後に周防は弁当箱に蓋をした。とにかく食事は後回しとなったのだ。

 確認する価値はあった。そもそも観測中のパルサー発見も、山口による恒星規模の人工天体発見騒ぎが発端である。

 解析室にて、山口は矢継ぎ早にデータを示した。なるほど確かに、観測中のパルサーとは異なる信号だ。不可解なことに、最初に記録された信号からパターンが徐々に変化していた。山口が人工的だと判断した根拠が、ここにあった。

 周防にはもうひとつ気がかりなことがあった。信号の発信源が観測中のパルサーと同じ位置を示しているのだ。しかし山口は「メッセージ」の中身に夢中で、こちらは眼中にないらしい。

 最初はまるで意味の無いノイズのパターンに見えたが、どうやらモールス信号を基礎にした多重複合的な構造を持つと、解析を進める中で判明した。

 さらに三日ほどかけて解析が進むと、信号は人類の主要な言語に対応する多層構造を持つことが分かった。英語、日本語、中国語、アラビア語、スペイン語、果てはエスペラント語まで。解読は着実に進んでいく。

 メッセージは、少しずつ切れ切れに送られていた。最初に山口が発見したメッセージの内容は『親愛なる』であった。山口の興奮はこの時点で針を振り切った。

 そうして世紀の大発見から七日目に、ついに伝言の全容が明らかになった。

 解析室で、二人は凍りついていた。

 伝言は、謝罪であり、宣告だった。

『親愛なる地球の諸君。初めての伝言が謝罪であることを申し訳なく思う。我々は超長距離破壊用恒星駆動兵器の開発中、制御不能な暴走事故を起こした。発生した次元振動エネルギー波は強い指向性を持ち、諸君らの太陽系を含め、進路上のすべてを消滅させる。地球に到達する予測期間はこの伝言の受信より約1年後……』

 山口の興奮の針は沈黙した。観測室で食べる周防の弁当の味は氷のようである。

「どこにも逃げ場は、ないんですよね」

「太陽系丸ごとなんて、どうにもならん」

 やがて周防は立ち上がり、研究資料をシュレッダーに掛け始めた。山口は消防斧を振り回して、機材を破壊して回った。

 外では夜風が桜の花びらを散らした。

 何も知らず、地球最後の春とも知らずに。

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親愛なるメッセージ まさつき @masatsuki

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