四日目.図書室

 予定より半刻ほど遅く起きてしまって、慌てて朝食のパンを口に詰め込んで、お城へ向かった。何とかお昼前に着くと、ヴィンはバルコニーの方にいると言われる。三階を少しだけ駆け足になって抜けていくと、王都の街並みを見下ろすバルコニーに、金髪が風に揺れていた。

「ヴィン!」

 声をかけると、くるりと振り返って彼が笑ってくれる。

「ヘマ! 早かったな、やはりティエビエンの者たちは時間に正確なのかな」

 あれ、と私は首を傾げてしまう。

「そうかしら? ちょっと寝坊してしまったかと思ったのですけれど……」

「そうなのか? 昼頃と言われたから、私は昼過ぎくらいに来るのかと思っておったぞ」

 ヴィンは笑って、今日も昼餉を共にできるのだな! と言ってくれる。

 王都名物、肉団子のスープを二人で食べて、その間にしたいことがあるか聞いてみると、図書室に行ってみたいと言われた。

「前に貴方が我が宮の図書館に来たことがあっただろう? 私もぜひティエビエンの図書館を見てみたくてな」

 青い目がきらきらしている。いいわね! と私はすぐに賛成して、侍従に図書室への先触れを出してもらった。

 ヴィンも本が大好きだものね。お城の図書室はすばらしい蔵書だから、きっと気に入るわ。

 足取り軽く図書室へ向かえば、顔馴染みの司書が出迎えてくれた。

「ようこそいらっしゃいました、白の塔のお方、それに……隣国ユースフェルトの殿下。この図書室は自由に見ていただいて構いませんよ。何かありましたら、いつでもわたくしをお呼びください」

 小さな眼鏡をかけて、白くなった髪をきちんとなでつけた高齢の男性だ。一部の隙もなく整えられた格好と優しげな微笑みに、私はいつも、私も年を取った時この人のような優しさと威厳ある雰囲気を身に着けられるだろうか、と考える。

「ありがとうございます、司書殿」

 今日もヴィンのティエビエン語の発音は完璧だ。

 私たちは彼に礼を言って、図書室に踏み入った。部屋を埋め尽くすように背の高い本棚が並び、四方の壁は天辺まで本棚で覆われている。紙とインクの心安らぐ匂いに、私がこっそり深呼吸している横で、ヴィンは一番近くの棚に並ぶ背表紙の表題に目を輝かせていた。

「すごいな、本当にこの全部がティエビエン語の本なのか……あ、これは見たことがあるぞ。いや、だが知らない本ばかりだな!」

 とはしゃいで、一通りぐるりと見て回ると、満足したように嘆息して、

「城の方々がうらやましいな。こんなにたくさんのティエビエン語の本が手に取れるところにあるなんて……我が国にはティエビエン語の本などほとんど流通していないというのに」

 と嘆く。

 私はくすくす笑った。

「お前の宮に行った時の私の気持ちがわかった?」

「ああ、本当に」

 深くうなずかれるのがおかしい。私は笑いながらヴィンの手を引いて、

「よかったら、読みたい本があるか見て行かない? 書き留めておけばあちらに戻っても探せるし、私も見つけたらお前のところに送れると思うわ」

「よいのか⁉ それなら、貴方のおすすめを教えてくれ!」

 彼が勢い込んでそう言うので、私は張りきってヴィン専用のおすすめ本の表を作った。ヴィンのティエビエン語の習熟度なら、十二歳くらいの子が読むような長めの物語とか、十歳くらい向けのティエビエン国内の歴史の手習い用の本とか、いけると思うのよね。

 二人で作った表を、私の手もとに置く分も写す。それから司書殿に案内してもらって、私が十一、二の頃お気に入りだった短編集を見つけ、机について読むことにした。

「精霊の伝説をもとにしているのか? 伝承のように思えるが、創作の物語なのか。おもしろいな」

 とヴィンが感想を述べてくれる。

「各地を旅した人で、旅先に残る伝承から着想を得たのだそうですよ。お前の感想を聞いたら喜ぶかもしれないわね」

「五十年前に生まれていればな……」

 二人で声を抑えて笑った。

 ヴィンとはけっこう物語の趣味が合うのよね、好きになる場面はたいてい異なるけれど。

「もう二話目まで読んだの? どこが好きだった?」

「私は精霊の子どもたちのところかな」

「そうなのですね! 私は祭りの支度のところが好きです」

「ああ、そこもよかったな。セゼムの祭りに似ている気がしたが……」

「確かに! ちょっと変わっているわよね?」

 彼と話していると、いつまでも話題が尽きないように思えてしまう。長居してしまったことを謝ると、司書殿はお気になさらず、またおいでください、と笑ってくださった。

 今日は姉様が早めにお帰りになるというので、私も少し早めにヴィンにお別れを言う。

「姉様が待っておられるから、今日はもう戻りますね。そうそう、明日はゆっくり寝た方がいいと思うわ、陛下の夜宴って長いのだもの。子どもは先に寝ても許されるけど……」

「ふむ? なるほどな、そうしよう。ヘマ、明日は夜に来るのか?」

「ええ、陛下にご招待いただいたから、兄様と一緒に来るわ。その……」

 おねだりのようなことを言いそうになって口ごもると、ヴィンは小首を傾げて、私が口を開くのを待ってくれる。

「その、よかったら私と踊ってくれる?」

 言うと、彼は破顔して応じてくれた。

「もちろん! 貴方と踊れるなんて、とんでもなく、、、、、、よいことではないか。楽しみにしている」

 望んだ以上の返事に浮かれる私だったけれど、また姉様に回収されて持ち帰られた。いいわ、明日の約束があるのだから!

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