招待

 我が恋人にして婚約者、隣国の王弟殿下ヴィンフリート・ユースフェルトをこの国に招きたいという私の願いは、簡単には叶えてもらえないものだった。

 最大の難関が国王陛下である。王族を招くのだから、ヴィンがこちらに来てくれるならティエビエンの王城に滞在してもらうか、少なくともユースフェルトの特使館に泊まってもらわないといけないが、城の主たる今代のティエビエン国王は、外の国がお嫌いなのだ。

 はっきりとそう聞いたわけではないが、城ではもはや公然の秘密となっている。姉様が何かやらかす度、国外へ出ることを禁止されるためだ。

 姉様は陛下とは反対に、外国との交流を奨励している。ティエビエンは、その歴史を鑑みれば、傭兵国家として各地の民と交流してきた。今でもその武力で魔の森からの魔物の侵攻を食い止め、そのための諸外国からの援助と工芸品の輸出で食いつないでいることからいっても、外国との関りを断つのは愚かしいことだ。姉様のもとには若者から伝統を大事にする世代まで、政策を支持する者たちが集っている。それは現王の勢力を脅かすほど。

 要するに、現王が特異なのだ。なぜ外国が嫌いなのか、定かではないがそんなことはどうでもいい。問題は、ユースフェルトとの国交に起こった摩擦も、王が勝手に隣国の王に金を貸したのがことの発端であり、小競り合い一つなく国交が保たれ回復までしたのは、姉様がユースフェルトの第一王子殿下と親交を結んでいて、私とヴィンの婚約まで取りつけたからだ、ということである。ヴィンは国王陛下にとってみれば、対立する娘の政策の根幹に位置する人物。反対されないわけがなかった。

 婚約話を利用してやろうなどとのたまった身で何だが、これだから政略の絡む婚約というのはめんどうくさい。

 そうも言っていられないので、まずは姉様にお願いしてみた。ヴィンにティエビエンへ招くと約束したから、協力してほしいと。

 すると、あっさりと承諾された。

「いいわよ。殿下のためにおねだりなんて、可愛いわね、ヘマ」

 からかうように言われて頬が熱くなったけれど、帰ってから気づいた。あの発言、姉様はこの件を子ども同士の願いとして陛下に認識させたらいいと言っているのではないか。

 それで私は希望を見出して、国王陛下にお手紙した。よけいなまつりごとの気配をまとわぬよう、初恋に浮かれる十四の子どもの顔を前面に出して。大切にしたい婚約者が、将来我が国に来る時のことを案じないように、塔へ招待したいのだとお願いする。

 いくら実の娘にも厳しい陛下だとて、国民の慕う王猫の巫女の、それも少女のめったにないささやかな、、、、、願いは無下にできまい。

 そんな私のたくらみは見事に功を奏して、陛下から諾とのお返事が来た。ただし、王弟を招くのだから、それなりの支度が必要で、その支度はペルペトゥアに任せる——と条件つきで。

 何のために先に姉様のもとにうかがって許可をいただいていたと思うのかしら。姉様もご自分の政策を強化することには前向きで、ヴィンと約束をしてから一月のうちに、こうして計画は動き出した。

 でも、この支度というのが本当に、ほんっとうに大変で。

 まずはユースフェルトの新国王陛下にヴィンを招待したい旨の書簡を送る。応じる手紙をいただいて、日程を決める。そうしたら姉様とユースフェルトの陛下がヴィンの護衛だとかの規模や、泊まるところ、訪ねる予定のところなどについて相談する。

 たまったものではない。私とヴィンの逢い引きなのに!

 さすがに頭にきて、絶対にヴィンを連れていきたいところやお休みの日などについては口を出させてもらった。子どもの逢い引きごっこという体で計画しているくせ、相手が王子様では政への影響を無視するわけにもいかない。わかってるわ。

 わかっているけど。

 ヴィンを楽しませたいだけなのに、という愚痴を書いて送ったら、彼を困らせてしまった。

『貴方に苦労をかけさせてしまってすまない、ヘマ。

 私たち、二人一緒に旅行を楽しみたいだけなのにな。

 確かにティエビエンにも白の塔にもとても行きたいと思っているが、それは貴方につらい思いをさせてまで叶えたいことではないのだ。もし貴方がこの旅を嫌だと思うことがあるなら、やめても構わない。貴方が我が宮にその足で訪ねてきてくれるというだけで、私はこれ以上ないくらい満たされるのだから。またこちらへ来てくれたらよい。』

 宮廷仕込みの流れるような、それでいて彼らしい力強さのある文字で綴られた愛の言葉に、かえって後に引けなくなる。

 私だって、お前に与えられるだけでなく、たくさん与えていきたいのよ。

 ヴィンが外国に行くという夢を叶えて喜ぶ姿を見れるなら、こんなもの苦労とも思わない。だから待っていて、と返した。

 その後、繰り返した綿密な会議と書簡のかいあって、とうとう私もティエビエンもユースフェルトも納得のいく二週間の旅程ができ上がった。

 久しぶりに直接会いに向かってそう告げると、ヴィンは本当に嬉しそうに笑ってくれて、何だか胸がいっぱいになった。少し恥ずかしいけれど、その笑顔を見たらもう、あんなに大変でめんどうだったことをすっかり忘れてしまったの。うそじゃないわ。

 それ以来、彼が来るのが待ち遠しくて、いつもそのことばかり考えてしまう。とうとう何も手につかなくなって、この手帳を引っ張り出してくるくらいには。

 もうすぐだわ。もうすぐ彼がここに来てくれる。

 この明るいところも暗いところも全てひっくるめて、私の愛する、ずっと暮らしてきた、そしていつかは彼と生きるこの国、ティエビエンへ。

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