第二話 罠系美少女現る

落とし穴を掘った翌日の昼、父が買い物に行ったタイミングだった

箱罠の餌でも変えるかと思い外に出た時だった

「カッカッカッ」

興奮したイノシシがいつの間にか畑の近くにいたんだ

あれはかなり怒ってるな

俺はすぐに玄関のドアに隠れ、そいつが箱罠に入るか落とし穴に入るか期待しながら待っていた

だけど一向に入る気配がしない

それどころか箱罠に威嚇してるような…

そう思いふと、その箱罠を見る

「ぎや"ぁ"ゃ"」

誰か入ってねえか?

甲高い叫び声するし

なるほど、畑泥棒の方が箱罠に入ったか

いやどういうことだってばよ

まぁ『箱罠に泥棒』は面白いし、カメラ持ってこよ

そうしてカメラと鉄製の鍋、あとお玉を持って外に出る

じゃあまずはっと

鍋とお玉を手にもって「カンカンカンカンッ」と音を出す

イノシシは実は臆病な性格なのだ

だから急に大きな音を出したりすると割と逃げる

こちらに向かってくるのであれば落とし穴まで走ろう

そうしたら興奮状態だし多分落ちる

「逃げるか食われるか、どっちか選べー」

「プギッ!」

ほら、スタコラと逃げていく

それを見送り、箱罠に向かう

「うわっ」

思わず声を出してしまった

今までの俺人生では見たことないほどに華奢な体、白いもこもことした暖かそうな服、それらを強調するかのように黒い髪

いやでも顔が泣いてるせいでぐちゃぐちゃだわ

それでも分かる、かなり可愛い

箱罠にかかっていたのは美少女でした

とりあえずカシャっと写真を撮る

なんだろう、檻の中にへたりと座り込む美少女、何か良くない扉が開きそうだ

箱罠を開けてから詳しい話を聞こう

そう思い柵を上げる

その瞬間に美少女は

「食べないでぇー!!」

逃げた…は?

「おいコラ待て泥棒!」

既に彼女の姿は見えなかった

「逃した、チッ」

まあいい

写真は撮ってある

この村にいるならばすぐに見つかるだろう

そう思い聞き込みを開始する

…ために30分歩いて山を下る

あまりにも面倒だ


見つかんねぇ!

そもそも小、中、高校生くらいの子なんてこの村俺しかいないし

と言うことは、外から来た人間ということか

…なんで?

確かに防犯という面ではうちはぺらっぺらに薄い

でもこの村近くの町から車で30分はかかるしバスも一時間に一回来るかどうか

さらに俺の家は車道がないから30分歩くしかない

手間の方がかかる

考えてもよくわからなかったし歩き疲れたし

あ、家帰るために山上らないとじゃん、ふざけてる

そう思い、山に向かおうとした時である

「…信吾しんご君?信吾君!」

通りかかった車が俺の前で止まり、聞き覚えのある声がする

「…先生?」

正直気まずい

なんで学校来ないのと聞かれたら答えれる自信がない

「先生って、もうただのご近所さんじゃん、名前で呼んでよ」

「あーえっと、うん、先生」

「まさか…」

「すみませんでした、覚えてません!」

そう言い土下座する

これは流石に申し訳なさが勝った

これは殴られてもしょうがない

だがしかし、予想していた反応とは違い、大きな笑い声がした

「まあずっと先生呼びさせてたしね

私の名前は安奈あんな

澤山さわやま 安奈

改めてよろしくね、信吾君」

数年ずっと一緒だったから薄々気づいてたけどこの人、いい人だ

俺をからかったりしていたのも寂しくないようにしていたのかもしれない

「では、安奈さん

改めてよろしくお願いします」

そういうと安奈さんはフリーズする

「?安奈さん、どうしました」

「いや、信吾君の爽やか笑顔は破壊力あるね

私あと10年若かったらアタックしてたよ」

「なんですかそれ、からかってますね」

「いや、学校行くようになったらモテるよ絶対

…そうだ学校、楽しいかい?」

「?安奈さんは行ってないんですか」

「今から入るなら春まで待った方がいいと言われてね

やっぱり信吾君の担任とか、副担任になりたいしね」

「副?担任ってなんですか?」

「そうか!先生が私しかいなかったからね

中学校では担任と副担任に分かれていてね

まあ副担任は担任より生徒とのかかわりが少ないけどね

そんなことよりだ、信吾君の話だよ」

…これは言うしかない、だけど言いたくない

長い沈黙が流れる

「…ここで話するのもなんだ

山の麓まで送るついでに話しようか」

「…ありがとうございます」

そうして助手席に座る

「…まさかの助手席かい

後部座席に座るものかと思ったよ

初めて助手席に座った男は君か」

「安奈さん、男性乗せたことないんですか?」

「おっと純粋な疑問が私を傷つける

今まで彼氏というものがいなくてね

それに…私が車に乗る前に父は死んでしまったさ」

「それは…すみません」

「あ、いや気を使わせてしまったかい

悪いことをしたよ」

「でも安奈さんに彼氏いないのは意外です

普通に美人ですし、面白いのに」

「…君、私を口説く気かい」

「何言ってるんですか」

そういうと自然と笑い声が出る

流石、俺が楽しいときも落ち込むときもずっと一緒だった人だ

これなら少しは軽く言えそうだ

「俺、学校行けなくなりました」

あまりに突然だったからか少し驚いたかのように目を開く

が、すぐにいつもの細く鋭い目に戻る

「…そうか」

「お金がないって」「でも子供じゃどうしようもないですよね」「俺が中学校に行かないだけでバス代、学校代も払わないで済むんです」「それに俺、農業好きですし…」

そこまでいうと安奈さんは車を止め…俺をぎゅっと抱く

「辛かったな…

大人ぶるな、先生の前ぐらい子供になれ」

「…やめてください、みっともなくなりますよ」

「なれよ、私は君の先生だ

とかそんなこと言ってるけどな、私にとってはもう息子みたいなものなんだ」

「なんですかそれ

血もつながってませんよ」

「血ってそんな大切か?」

「家族の必須条件でしょう」

「バカ、それじゃあ結婚した夫婦は家族じゃないのか」

「じゃあ何ですか、家族の条件って」

「思いやることだ」

俺はハッと気づく

「どれだけ自分が大変でも、どれだけ辛くても

相手が笑顔だとなぁ、自分もなぜか幸せになる

そしてどれだけ自分が幸せでも

相手がなんか悲しそうな顔をしてるとなぜか自分も辛くなる

なんでって思いやってるからさ

長年思いやってるとなんとなく相手を理解できんだよ

だからそいつの気持ちがわかるからさ…なんて素人のセリフだけどさ」

「…自然と思いやれる存在、それが家族なんですね」

「お、分かってるじゃないか少年」

じゃあ遠慮はいらないな、そういうのは安奈さんが嫌いなものだ

「俺本当は学校行きたいです」「安奈さんとまた楽しく学校生活送りたい」「今までできなかった同い年の友達も作ってみたい」「学校に行きたい!だって…」

だって楽しい未来しか見えないんだもの

そこまで言って覚悟が決まった

そうして安奈さんの胸から離れる

「…いい顔じゃないか」

「安奈さん、俺、父さんを説得します」

「よし!信吾君が覚悟を決めたんだ

私も人肌脱ごうじゃないか」

一体何をするつもりだろう

「来週の土曜日、一緒に説得しようじゃないか!」

それは、思ったよりも…嬉しい提案だった

「いいんですか!」

「もちろんだ」

「なんでそこまで…」

「決まっているだろ

家族みたいなものだからさ

それに君がいないと学校も寂しいからね

…じゃあ出発しようか」

そういいエンジンを掛けようとする安奈さん

「いいえ!もう大丈夫です」

「…本当にいいのかい?」

「少し走りたい気分なので」

そう言いながらドアを開け外に出る

「ここまで送ってくれてありがとうございます!」

「ああ、またね」

そうして走り出す

悩んでいたことが汗と共に体からすっと落ちていくようだった


一人の女性しかいなくなった車内

「いい顔だったな、彼」

にしても思わず抱いてしまったが心臓ばっくばくだったのバレてないよな

「いい年して何やってるんだか」

とは言ってもまだ25だけどな私

彼が小学二年生の頃、研修と言われまだ大学二年生だった私はここの学校にたまに顔を出していた

まさか父が亡くなり母が足に不自由を抱えてしまい、このままここに就職するとは夢にも思わなかったけど

彼の記憶があいまいなせいか私は彼の中で三十路扱いされているが

「彼氏できないのも出会いがなかったからだし」

『普通に美人ですし、面白いのに』

彼が言ったことを思い出してしまう

「では君がもらってくれるかい」

なんて言えるわけもなかった

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