第23話

カフェは午後から開店するが、試作は店長の許可を得て午前にすることもあった。


それはもっぱらケーキ等洋菓子であることが多く、彼は生地そのものから丁寧に練り直し、小さな試作品を少しずつ増やしていった。



そうやって一生懸命に生み出そうとする彼の姿を見るのが好きで、私は頼まれてもいないのに開店前のカフェにお忍びで入っては、カウンター席で彼の様子をうかがいながら好きな人の本を読んだり、まだ一文字も書けない小説に思いをはせたりして過ごした。



信長くんは決して私を気にすることなく、ただ自分の手の中で生まれようとする結晶に全意識を集中させていたから、私のことなど眼中にないということが心地よかったのかもしれない。



休みに入る前のテスト週間を目前に控えると、さすがにバイト続きでは学業が立ち行かなくなってきて、惜しまれながらも少しシフトを減らしてもらった。



そしてしばらく忘れていた隣人のことを思い出せずにいた私は、長雨のあがったつかぬ間のある日、アパートへ帰ってきた奥村くんに出くわすことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る