第5話 蹂躙(前編)

「池本! アイツの強化バフが付与されるまで時間がかかるから、できるだけ時間を稼いでくれ!」


「お、おう、わかった!」


 修一に命令された池本は、俺のスキル発動を稼ぐため、“怪人”に向かっていった。彼の有するスキルは、物理攻撃が有効な相手なら、どれほど高い防御力だろうと一撃で倒す【一撃必殺ワンキルストライク】だ。


 池本のスキルなら、強化しなくても簡単に倒せるはず。そう思った俺はスキル発動の下準備を行う。だが……


「覚悟しやがれ!これはフィーネス姫のぶ――」


(ガシッ!)


「……へっ?」


(グシャァァァッ!!)


「ゲベレっ!!」


「ッ!?」


 池本はスキルの力が付与された拳で“怪人”の顔面に叩き込もうとするも、“怪人”は攻撃を受ける前に池本の顔面を右手でわし掴みにし、彼と後頭部を床に激しく叩きつけた。


「ぐへっ……」


 後頭部を床に叩きつけられた池本は、そのまま動かなくなった。やはり、あの怪人を倒すには、身体能力フィジカルで対抗しないといけないようだ。


「い、池本くん!?」

「あの野郎!おい、まだスキル発動しないのか!?」

「いや、準備は終わった!もう始める!」


 俺はようやくスキル発動の準備が整い、残った同級生たちの能力値を最大まで強化させた。その証拠に、全員の身体から一瞬、赤・青・緑色の光が浮かび上がった。


 俺のスキル【全てを統率する者パーフェクト・グランド・マスター】は、味方と判断された者の能力値を強化バフし、敵と判断された者を弱体化デバフさせることが可能だ。


 だが、複数の対象に強化と弱体化をさせるには、かなり時間がかかってしまうのが弱点だった。しかし、二カ月の辛い特訓でスキルレベルを上昇させ、その時間を短縮することに成功したのだ。


 “怪人”にもスキルの力で能力値を最低値まで弱体化デバフさせたはずなのだが、その証拠となる弱体化の光が確認できない。本当に弱体化されたのだろうか?俺は不安を感じた。


「すげえ、力が漲ってきてたまらねえ、これなら奴を倒せるぞ!」


 飯田は自身の身体が強化されたことを認識すると、右腕と左腕が突如、歪み始めた。あれは彼のスキルが発動した証拠だ。


彼の有するスキルは、体の一部を様々な神獣の部位に変化させる【神獣変化メタモル・ディヴァインビースト】。飯田は自身の右腕を、赤色の鉤爪を持つ赤鱗を纏った腕に、左腕を白色の甲殻を纏ったサソリの尻尾へと変貌させた。


「喰らえば速攻で相手を即死させる毒入りの【真紅聖蛇クリムゾンバジリスクの嚇爪】! そして、史上最硬で伸縮自在の【聖甲蠍ホワイトギリタブリルの聖針尾】だ!喰らいやがれ、怪人ヤロー!」


 飯田は左腕のサソリの尾の針先を、“怪人”の顔面に向けてストレートで放った。だが、この攻撃は紙一重でかわされてしまう。


 しかし、かわされたサソリの尾はすぐに軌道を変え、怪人の背後へと向かっていった。きっとサソリの尾を怪人の身体に巻き付けて行動不能にした後、飯田の位置まで引っ張り、右腕の嚇爪で切り刻むのだろうと俺は思った。


…………だが、


「………(ガシッ!)」

「………へっ?」


“怪人”は背後に迫ってきたサソリの尾を、右腕を背後に回して、わずか数センチの距離で針先を掴み取った。飯田は防がれたことに唖然とした瞬間、


「………(グイッ!)」

「はっ!?ちょっと待っ………」

(ボゴォォォッ!!)

「ぐぼっ!!」


 その隙に“怪人”はサソリの尾を力いっぱい引っ張り上げた。その勢いで飯田は怪人の位置まで引き寄せられ、渾身の力を込めた右ストレートが、飯田のみぞおちにクリーンヒットする。


 咄嗟に右腕の嚇爪で防御したにもかかわらず、その衝撃は防ぎきれなかった。床には粉々に砕かれた嚇爪が散乱していたのだ。


「う……おげえぇぇぇ……(バタッ!)」

「い、飯田くん!?」


 “怪人”の右ストレートをみぞおちに喰らった飯田は、殴られた衝撃で床に転がり落ちる。そして腹を抱えて嘔吐した後、意識を失った。


「……!!莉乃さん!二人に『完全治癒フル・ヒーリング』を!早く!」


 彼女の有するスキルは、全ての回復系魔法を無詠唱で複数同時に扱うことが可能な【慈悲深き乙女ヒーリング・マスター】。俺のスキルで治癒能力が最高値まで上昇しているに違いない。二人の速やかな戦線復帰のため、莉乃さんに瀕死状態の池本と飯田へ最上級の治癒魔法『完全治癒フル・ヒーリング』を使うよう頼んだ。


「それが……ダメなの」

「えっ、なんで!?」


莉乃さんがなぜダメなのか尋ねると、彼女は驚くべき返答をした。


「もう使ってるの。姫様が倒れてからずっと。倒れた人全員に『完全治癒フル・ヒーリング』を行使してるのに、全員、の」

「………は?」


 ありえない!治癒魔法は、魔力を生命力に変換して、ダメージで減少した体力を回復させる魔法だぞ!


――もしかして、攻撃と同時に、対象を回復不能にさせる状態異常でも付与されたのか!?それがあの怪人のスキル!?


 そう思った俺は、俺を含めた六人が持つサブスキル『鑑定アナライズ』で、行動不能になった池本と飯田のステータスを鑑定した。そして、俺は目を疑った。






【池本ケンジ】

HP(15000/15000)


【飯田アラキ】

HP(20000/20000)







――二人のHPが……全く減っていない!?


 叩きつけられ、ボディブローを受けたにもかかわらず、二人のHPは1ミリも減っていなかった。状態異常も確認したが、何も見当たらない。


(あの怪人、……)


二人を倒した得体の知れない“怪人”に、俺は恐怖でガタガタと身震いしてしまった。

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