第1話 魔王様、召喚

 わたしは突然わたしの周囲に展開された召喚魔法陣により、何処とも知れない空間の中を運ばれて行く。わたしの超強力な知覚力ですら周囲をはっきりと捉えられず、この空間は暗闇としか認識できない。しかしながら時折脳裏に火花の様なものが散るのを感じる。眼窩にも、白い光の様なものが飛び散る。


 まて、これは? わたしは急ぎ、全身のチェック機能を働かせる。間違いない、この転移の間中、この魔力とおぼしきチカラはわたしそのものを変化させている。いや、悪い変化ではなさそうだ。単純に筋力だけを取ってみても、数十倍からそれ以上に増幅されている。魔力に関しても、ただならぬレベルにまで増強された模様だ。他、色々な能力に関しても同じく。



「なにが……。起こって、いる?」



 問いかけても、答えが来るわけもない。そして暗黒の空間を突き抜けたわたしの目に映ったのは、石造りの壁だった。いかにも古臭く、かび臭い。


 わたしは足元に目を遣る。床には緻密な紋様で召喚魔法陣が描かれていた。わたしはおもむろに、周囲をぐるりと見回す。ここは石造りの建物の1室であり、床だけでなく天井にもびっしりと魔法陣が描かれている。そして床の魔法陣の周囲には、仄明るい光を宿した、何らかの力を宿したと思しき宝珠が8つ、円を描くように配置されていた。


 と、ここでわたしは妙なことに気付いた。魔法陣の紋様……魔法文字の意味が判るのだ。わたしの補助頭脳に記録された地球の魔道知識による術法とは体系が異なる、別種の魔法であるのだが、それがことごとく理解できるのである。


 これはおそらく、転移の最中にわたしを変化させたあの魔力とおぼしきチカラによるものだ。いや、本当に魔力だったかは正直怪しいんだが。わたしの補助頭脳に刻まれた魔道の知識によれば、あのチカラの性質は魔力にかなり近いものがあったのは確かなんだが。


 なにはともあれ、わたしは床と天井の魔法陣の効果を、ざっと解読した。



「……やはり召喚の魔法陣、か。しかも数多ある平行世界の中から完全にランダムで接触できた世界から無理矢理に対象を引っ張り込み、その後さくっとその世界との接触を断ってしまう。

 帰還方法は無し。平行世界は文字通り無数にあるから、独力で帰ろうとしても事実上自分の世界を特定することは不可能。……なんて悪辣な。

 けれど、これでわたしがこの魔法陣を読める理由が分かったな」



 わたしが見たところ、この召喚魔法陣は召喚された者に対し、強力な力を与える効果があった。莫大な魔力とこの世界における魔法の奥義の知識しかり、強力な肉体的戦闘能力しかり、その他様々な能力強化しかり。


 わたしがこの魔法陣の魔法文字を読めるのも、召喚された際にこの世界における魔法知識を得られたことによる物だ。しかし、こんな無茶苦茶な強化を対象者に施せば、いかにも身体に悪そうである。わたしが秘密結社『JOKER』の誇る強力な改造人間でなければ、死んでいたかも知れない。


 ちなみに魔法陣の周囲に配置された8つの宝珠が、召喚された者を強化するための知識と力の源であった様だ。だが不思議なことに、召喚魔法陣を起動させるためのエネルギー源が見当たらない。だがまあ、その辺は後からゆっくり調べるとしようか。



「なるほど……。召喚される対象が、注ぎ込まれる力に耐えられるかどうか程度は判別しているのか。あの場所にいた中で耐えられそうなのは、グレイ・KING将軍とわたしだけだな。

 グレイ・KING将軍にはわたしが『抗魔結界』を張ったから、わたしの方が引っ張り込まれた、と見るべきか。……む?」



 そのときわたしの改造人間としての超感覚に、微かな思念が引っ掛かった。その思念は今にも途切れそうで、思念の主が今にも死にそうであることがはっきりと感じられる。わたしはその思念を辿り、方向を特定して急ぎそちらへ向かう。


 どうやらこの建物は、城か何かの様だ。それも西洋風の城塞である。どうやら謁見えっけんの間とおぼしき場所で、わたしはその思念の主を発見した。



「……これは、酷いな」



 それは10代前半……11~12歳に見える、軽装の鎧を着用した少女であった。髪と眼の色は黒の、日本人風の顔立ちをしている。ちょっと見ただけでも、かなり高レベルな美少女だ。


 自らが流したであろう血の海に横たわる少女の背中には、おそらく心臓にまで達しているだろう深い傷がある。わたしは少女の傍らにしゃがみ込んだ。



「……まだかろうじて、脳だけは生きているか。心臓が潰れているから、まもなく死ぬが……。さて、どうするべきか。

 ……?なんでこうも落ち着いてるんだ、わたし? あれか? 改造によって体内に埋め込まれたプラントから、精神安定効果のある薬物でも分泌されてるのか? それとも召喚時に様々な能力が強化されているために精神力まで強化されたせいか?

 もしくはその両方か?」



 わたしがぶつぶつ呟いていると、微かなとぎれとぎれの思念が流れ込んで来た。



(死に、たく……な、い……。死、に、た、く……な……い……)


「ふう。……ま、やむを得んか」



 わたしは補助頭脳にアクセスし、『復元』の術法を行使する。その術で少女の潰れた心臓と傷口を修復し、『造血』の術で失われた血液を補った。


 ちなみに、あの召喚魔法陣によって強制的に与えられたこの世界の魔法でも、彼女を癒すことは可能であった。だがとっさのことでもあったし、一度も使ったことの無いこの世界の魔法よりは、いくつかの実戦テストで若干経験のある元の世界の魔道の術を選択したのだ。




*




 とりあえずの応急処置が済み、なんとか命を取り留めた少女を抱き上げたわたしは、周囲を見回す。先ほども触れたが、ここはどうやら謁見の間であるようだ。豪奢ごうしゃ壮麗そうれいな空間に、豪華な玉座が置かれている。


 だがしかし、ここで何か戦闘があった様だ。謁見の間はあちこちが破壊され、玉座もあちこちが欠けていた。


 そして玉座の少し手前に、美麗な衣装に身を包んだ、しかし怪物としか言いようがない化け物の死体が転がっていた。わたしは思わず呟く。



「まるで魔王だな。冠もかぶってるし。……ちょっと調べてみるか」



 魔王っぽい化け物の死体に歩み寄り、わたしは『過去知』の術法を行使する。『過去知』とは『未来予知』の正反対の効果を持つ術である。


 ここで『未来予知』と違うのは、『未来予知』によって知ることができる未来は不確定であり、知った未来を変えることが可能だ。それに対し、『過去知』によって知った過去は確定された情報であり、変更する事は不可能である。


 ちなみに遠い過去を探るほど、消費する魔力は多大なものとなる。本来であれば。まあだが1~2時間程度であれば、わたしにとってはそう大きい負担ではない。


 なんと言っても、元々の改造人間として強力な魔力は保持していたし、その上に召喚魔法陣のチカラでそれが更に水増し、爆上げされている。よって、この程度ならまったく問題なく術を行使できるのだった。

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