第1話








 決して交わることのない人間だと思っていた。


「オタクとかまじきもいし、うざい」


 同じクラスの一軍女子⸺三和咲夜みわさよはおおっぴらに公言するほどのオタク嫌いで、性格は悪そうだが誰が見ても顔立ちの整った金髪ギャルだ。

 いつも一緒にいる友人は彼氏だのセックスだのと周りの目も気にせず大きな声で話していて、それを聞いて笑っている彼女もまた同じ穴の狢なんだろう。

 陰キャに対してやたら攻撃的な彼女だから、オタクに優しいギャルなんていないという現実を突きつけられた三軍落ちの男子集団は教室の隅からビクビクと彼女の顔色を伺う始末である。

 おとなしめの女子に至っては、休憩時間になるとそそくさと教室を出て行ってどこかに避難する子が多いようだ。

 そのおかげで、室内は一軍らの声だけが響き渡る下品な会話の連続となっているが、私は気にせずひとりお気に入りの漫画を開いた。


「ほら、咲夜。あいつ漫画読んでるよ」

「え?あ……あー、きもいね」


 目立つ方ではない私の行動にもいちいち反応するあいつらは暇なんだろう。

 人との関わりが面倒でぼっちを極めた私に怖いものはなく、好き勝手言わせとけと何も気にせず読み進める。

 そんな私を、三和さんは眉をひそめてじっと睨んだ後で憎たらしそうに顔を歪めた。

 きっと何かしら不満を抱いているだろうが、向こうから話しかけてくることもなければ、こちらからわざわざ話しかけることもない。

 私達は同じ箱の中、ただ存在を知ってるだけの間柄だった。

 

 変化が訪れたのは、高校二年の初夏。


「……あれ、売り切れか…」


 待ち望んでいた漫画の新刊が、近所の小さな書店には置いてなくて、わざわざ電車で一時間。

 隣町の比較的大きな書店に来た時のこと。

 目的の本とは別に、おそらくオタクしか立ち入らないであろう漫画コーナーに踏み込んだ私が色々と物色していたら、後ろを通りかかろうとした人とぶつかって、


「あ。すみませ…」


 振り向きざまに謝った私の目に飛び込んできたのは、深く帽子を被ってマスクをして顔の大半を隠しているものの、明らかに三和さんだと分かるぱっちり二重の瞳だった。

 こんなところで会うはずもない人物の姿に、思考が停止する。

 それは相手も同じだったようで、ピタリと固まったまま目を見開いて動かなくなってしまった。

 しばらく、相手を見下ろして立ち止まること数分。


「え……三和さ」

「っ、ひ……人違いです!」


 ようやく声を出せたけど、確認する前に遮られて、三和さんは本を数冊抱えた状態で走り去って行った。

 気のせいだと思いたいが……あの声、絶対三和さんだ。

 なんでこんなところにいたんだろう。あの人、漫画コーナーとか一番嫌いそうなのに。

 不思議だなぁ……と思いつつ、どうでもいいから寝る頃にはすっかり忘れ去っていた⸺その翌日。


「も、元宮」


 朝から、珍しく三和さんに声をかけられた。


「ちょっと……来て」


 彼女が自ら陰キャに話しかけることなんて今までにないことで、その場にいた全員が驚いて注目していた。

 あんまり目立つことは避けたい、ここは素直に応じてさっさと人目から逃げよう。

 立ち上がって、連れられるがまま教室を出てからは、人気のない場所へと移動した。


「……なんですか」

 

 どうせ昨日のことだろうと想像はついたものの、話し出す気配がなかったからこちらから話しかけたら、


「昨日のこと誰かに言ったら殺すから」


 思いのほか強気な姿勢で来られて面食らった。

 ……なるほど。

 強がってはいるが、スカートを強く握ってる様子から内心はものすごく焦っていることが伝わって、どうしようかしばし悩む。

 ぶっちゃけからかうのも面白そうではあるけど……。


「……言わないよ」


 悩んだ結果、面倒事を避けがちな私は今回も三和さんという面倒から逃げようと口を開いた。

 彼女は分かりやすくホッとしていて、気が抜けたのかへらりと笑う。


「よかったぁ〜、元宮がいいやつで」

「……めんどくさいだけ。別にいいやつとかじゃない」


 ここで好感度が上がっても困るから正直に言っても、三和さんの笑顔は変わらなかった。

 

「……三和さんって、オタクなの?」


 その笑顔に向かって気になる疑問を投げてみたら、途端に表情が固まって、相手の口元がピクリと動いて小さな痙攣を見せた。

 あからさま図星な反応ではあったが、本人は予想通り「違う」と否定した。


「そ、そんなわけないじゃん。このあたしがオタクなわけ…」

「じゃあ、昨日持ってたあの漫画達は?」

「っあ……あれは、その、お兄ちゃんに頼まれて」

「三和さんって、ひとりっこじゃなかった?」

「は……はぁ?なんであんたが知ってんの」

「いやバカでかい声で話してたから嫌でも耳に…」

「信じらんない、人の話盗み聞くなんて!きもすぎるんだけど」


 つい楽しくて追い詰めすぎた結果、彼女は最終的に声を荒らげることで解決しようとしていた。

 私も私で、せっかく面倒事から離れられそうだったのに目先の楽しさを優先して深堀りしてしまったことをこの時点で後悔していた。


「と、とにかく!まじで言わないで。言ったら殺す」

「はいはい。分かった。約束する。それじゃ」


 ここは穏便に……と頷いて、未だ不満そうな三和さんを置いて早々に退散した。

 彼女も時間差で戻ってきたんだけど、いつもつるんでる友人から「なに話してたの?」と聞かれて、


「へ?あ……い、いやぁ、ちょっとね…へへ」


 ごまかし方があまりに下手くそだったから、果たして隠し通せるのかどうか、見てるこっちが心配になるくらいだった。 









 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る