第2話
三和さんオタク疑惑の件から数日。
何事もなく平和に過ごしていた私の元へ、また彼女はやってきた。
訪れたのは放課後、私の所属する部室である美術室。
ガラリ、と無遠慮に扉を開けて入ってきた三和さんは、私の顔を見るやいなやズカズカ歩み寄ってきて、雑な仕草で腕を掴んだ。
「ちょっと来て」
「……なんで」
「いいから」
他の部員がいる手前、用件を話すことができないんだろう。となれば、厄介事は確定。ここは断りたいところ。
と、思うが……ここで変に嫌がって騒ぎ立てるのもそれはそれで周りに迷惑をかけることになる。
頭の中で天秤にかけた結果、しぶしぶついていくことを決めた私は、腕を引かれるがまま美術室を後にした。
「……なんですか」
呼び出したはいいものの何も話さない三和さんにこちらから話しかけるのはデジャヴで、今回は聞いても言いづらそうに口を噤んでいた。
「用がないなら私はこれで」
「……しい」
「ん?」
「っ……い、行きたいところあるから、一緒に来てほしいの!ついてきて」
何を言い出すかと思えばお出かけのお誘いで、まさかの出来事に頭を白くした私に、三和さんはスマホの画面を見せつけてきた。
映っていたのは、私も好きなアニメの期間限定コラボカフェのサイトだった。
それだけでなんとなく察してしまったが、これまたどうして私を誘うのかという疑問で思考回路はうまく機能しなくなって言葉を発せなくなったところに、畳み掛けるように彼女は言葉を並べた。
「あんた、このアニメの原作漫画この間読んでたでしょ?どうせオタクはこういうの興味あるだろうし、つ…ついて行ってあげてもいいよって言ってんの」
とても人にものを頼む態度とは思えない上から目線で繰り出された発言の数々にはため息を返して、どう断ろうかようやく機能してきた頭を回す。
この人、さっきはついてきてほしいって素直に言ってたはずなんだけど……なんでそういう言い方になるかな。
「私は興味ないから、行かないです」
「え。行かないの?ほんとに?」
「うん、行かない」
「コラボカフェ特別イベントも開催されるんだよ?あそこでしか買えないグッズもあるし……欲しくないの?」
「別に……アニメは好きだけど、そこまでハマってるわけじゃないし」
「あ、あんた仮にもオタクでしょ?なにその熱意の無さ、ドン引きなんだけど。もっと本気になろうよ!」
「そう言われても……興味ないものはないですし」
「はぁ?ありえないんだけど。そんなんでオタク名乗るのやめてもらえる?」
「名乗った覚えない……というか。三和さんは欲しいんですか、グッズとか。やたら詳しいけど」
「っべ、別に詳しくない!」
困ったら声を荒らげる特性を持つ彼女は、今日も今日とて可愛らしい声を廊下に響き渡らせた。
ここまで来ても自分がオタクであるという事実は受け入れ難いのか、ただ意地になってるだけか、はたまた両方か。
顔を真っ赤にして否定した後は、フンと顔をそらして腕を組んで、高飛車な様子で口を開いた。
「あ、あんたとは縁ができたし、せっかくだから仲良くなりたいと思ってあんたの好きそうなやつ調べてあげたの。だから別にあたしはあのアニメ好きでもなんでもないし、興味もないから」
「……本当は?」
「ほ、本当だから!」
「本当に?」
詰めたら分かりやすく「ぐぬぬ…」と追い詰められた表情に変わったのが面白くてじっと見ていたら、それもまた圧をかけられたと勘違いしたらしい。
「……ま、ママが一緒に来れなくなっちゃったの」
そして、折れたのかもじもじと指遊びをしながら弱々しく話しだした。
「いつもついてきてくれるんだけど、今回は他に用事ができちゃったらしくて……だから、その、一緒に行ける人がいなくて…」
「一人で行けばいいじゃないですか」
「む、むり……ひとりでなんて恥ずかしいし、寂しいし…だからお願い。ついてきてほしい……奢るから」
私の顔色をチラチラと窺いながら聞いてくる相手に対して、なんとも言えない優越感のようなものを味わいつつ、行こうか迷う。
コラボカフェには微塵も興味ないけど、三和さんをからかって遊ぶのは面白そうだから行ってもいい。
が、休日に出かけるのはめんどくさい。
そのふたつを天秤に乗せたはいいものの、どちらに傾くこともなく同じくらいの重さだったから、どちらかに傾かせるためとある提案を思いついた。
「行ってもいいんですけど……」
「え!ほんと!?」
まだ話してる途中だというのに、遮って喜びの表情を浮かべた三和さんには、こちらもニッコリ笑顔を返す。
「その代わり、条件があります」
「条件…?」
「うん。お願いしたいことが」
「お願い……なに?」
今度はキョトンとした顔に変わった三和さんは、私が今から言おうとしてることなんて想像もつかないだろう。
言ったらどんな顔をするかな……って、言う前から楽しみである。
「ヌードデッサンのモデル、お願いできますか」
私がためらうことなく口にしたら、最初はぱちくりと目を動かした三和さんの顔が、理解した途端じわじわと赤く染まっていくのが見えた。
「は……はぁ?信じらんない!変態」
そして見せてくれたのは、あからさまに動揺したと分かる上擦った声と、これ以上ないくらい羞恥に悶えた涙目の表情だった。
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