第63話 人には人の事情
自分が紋章を持ってない話をすると、予想通りというか、なんというか、ミヤモト嬢は困惑した。はっきりした嫌悪感をださないだけマシだが、まあ仕方ない。
サイクロプスの国では人間が化け物だ、という。紋章なしも同様だろう。紋章が当然の今世では、私は気持ち悪い何かなのだ。
ここは、これ以上嫌われないうちにさっさと退散したほうがよさそうだ。
「ところで、その手に持っている布は、服だろうか」
「いえ、ただの布です。すみません、先輩の服はまだご用意できていません」
「ああいや、それで十分だ。くれないか」
「どうぞ」
反物より幅があるのがあれだが、まあ、大した問題ではない。帯は縄がある。布も縄も、おそらくはチェスピースを覆うためのものであろう。
私が布を折って天竺のごとき恰好をしていると、ミヤモト嬢は、難しい顔になった。
「制服姿より似合っていますね……」
何か不満がありそうな言い方だが、まあ紋章なしはとにかく何かにつけて嫌われるからな。
「着物により近いからね。さておき」
小さな動作音。ナイトキャリアーの中のような気がする。まずは現在地の確認からか。
「ちなみにここはどこだい?」
「ええと。今全力で私の領地に移動中です」
「なるほど」
なぜそうなるのか。計算を任せる。返ってきた計算結果から、一番大きな可能性を口に出した。
「僕を助けて王女から避難中ってところかな」
「はい。そうです」
「それは悪いことしたね。このまま時間が開いて家同士の対立になるとまずい。僕が釈明しに行ってこよう」
するとどういうことか、ミヤモト嬢は私の右手を握った、何度も。違和感に慣れようとでもするように。
「この際王家と対立しても仕方ありません。先輩が第一です」
覚悟の定まった目だった。紋章が何よりも優先される世にあって、そんなことを言うのは大したものだ。勇者の紋章を進呈したいところだ。手元にないのをはじめて残念に思った。
とはいえ。つまりはなんだ。今の状況は、こじれている。というわけだな。しかも僕が原因という。
それにつけても王女殿下も僕を殺す時期を間違えたな。なにも政治的にこじれそうな時に実行に移さないでもいいだろうに。まったく、未熟だな。
もっとも、ミヤモト嬢の猫極まる動きに一瞬心を奪われてしまった僕にも原因はある。私も未熟か。苦笑しかでないな。
「先輩は殺されかけたんですよ」
「まあ、あれはあれで彼女の愛情表現みたいなものだ。それ自体は大したものでは」
急にミヤモト嬢が私に殺気を飛ばしてきた。紋章なしの私にそれは意味がないのだがと思いつつ黙っていたら、だんだん寄ってきた。
「不謹慎でない、交際をすべきです」
「王女はそのあたりが歪んでしまっててね」
「王女の話なんかしていません、先輩の、先輩の話です」
思ったより懐かれているらしい。知ってはいたが、まあなんだ。この高級猫を飼うのは大変そうだ。苦労のかいがありそうなのが困ったものだが。
私は無駄と思いながら人間の理屈を口にした。
「王家とこじれるのはまずいだろう」
「覚悟は終わっています」
「その覚悟は助けられた側としては嬉しいかぎりだが、ミヤモト家に迷惑は掛けられない。校舎破壊は重いが、なんとか話をつけてみようと思う。悪いが学園に戻ってくれないか」
「駄目です」
まあそうだろう。猫に人間の理屈を告げる私も間抜けだ。とはいえ、言わずにはおられなかった。
ミヤモト嬢は距離感を間違えたか、首筋から耳まで真っ赤にして目を逸らした。
「あ……あんな女のところにはやりません……よ?」
「なんで疑問形なんだい?」
「じゃあ、あんな女のとこには先輩をやりません。あと顔を見ないでください。恥ずかしいので」
そっちの覚悟はないのか。まあ猫には猫の事情もあろう。正直に言うとあまりに可愛らしく飢饉だなんだ全部投げ捨てて、単なる猫好きで一生を過ごすのもありな気はする。ミレーヌなどはそれこそを望む気がするな。
とはいえ、だがしかし。
紋章のせいにして彼女を袖にできたのならよかったのだが、私は私の考えで、こんなにも可愛らしくもいじましい獰猛な猛獣と別れねばならない。
飢饉に内乱、今世なら外国からの介入もあろう。
それに負けるのは悲しい。私が負けるならまだしも。人が負けるのは悲しい。飢え、戦、骨肉の争い、それを克服できないのは悲しい。
私が負けても、人は勝つのだ。そう信じる事が出来なければ、誰があの世に行けようか。私は成仏する。そしてもう二度とここには戻っては来ん。
「それについては感謝しきりだが、両家が対立しては飢饉対策ができない」
「? そこでなぜ飢饉が出てくるんですか?」
「自分がなんでここに生まれてきたのか、ずっと考えていてね。心残りを……飢饉を解決したいと思っている」
すると猫は怒りだした。さもありなん。
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