第62話 目が覚めた(先輩視点)

 光の中で目が覚めると、たぶん死んでいた。偽装用に仕込んでいた偽紋章が消えてしまっている一方、瞳を輝かせる機構は残っているから、おそらく首から下は全部新造、おそらく切られたんだろう。打ち首の状態でもポーションの即時使用なら蘇るので、おそらくはそれだろう。

 問題は、私がなぜ死んだかだ。

「記憶がなくなってても、私がどうにかしますから」

 見知った声。抱きつかれている。私は瞳を輝かせる機構を切った。手から制御できないので切るのが大変だった。次はもう少し改良すべきだろう。首だけから再生する場合をまったく想定していなかった。まったく恥ずかしい。

 ミヤモト嬢の声を聞く限り、私は記憶の欠損を疑われているようだ。無理もない。普通なら紋章に一部の記憶が移譲、格納されている。

「記憶、か。いや、大丈夫だよ。ミヤモト嬢。それよりはしたないよ」

 それでもミヤモト嬢は、私から離れない。

「どこまで覚えていますか」

「ええと、君が望まぬ婚姻をさせられるからと言ったので、私は偽装の話をした」

「だ、大丈夫そうです」

 彼女は泣きそうな顔で安堵した。ふむ。首筋がうっすら痒い。これはあれだな。彼女が私の首を飛ばしたな。その上で治療した。そういうことか。

 あの状況でどうやってそこに至るか考える。いや、普通に考えたとしても、たどり着かないだろう。それで計算した。ちゃんとついてきているようだ。

「そこで記憶が途切れたということは、そうか。王女殿下が毒の短剣かなんかを飛ばして来たんだな」

「ええと、あ、はい。そうです」

 んで、私を助けるために私の首を切ったと。どんな怪我も一瞬で治すようなポーションがある割に、今世でも万能解毒薬なんてものはない。だから最適の毒抜きをしたというところだろう。なるほど。果断なことは支配者として悪いことではない。私も一揆の主導者をまとめて刑死させたものだ。まあ、だからこそ、成仏もできずにさまよっているわけだが。

 こうして首を取られたのに生きているというのも、そういうことなのだろう。私は心残りがある限り、死ねぬ。死なぬ。

「まったく困ったものだな」

「平然としないでください!! 死にかけたんですよ」

 私の首を切った本人が、そんなことを言う。前世の感覚が残っているせいか。うっかり苦笑がでてしまった。

「あれの友人をやるというのは思いのほか大変でね。慣れたもんさ」

 そう言って、ごまかした。

「うっかり助けてしまいました。駄目……だったでしょうか」

 ミヤモト嬢は躊躇なく私の首を落としたわりに、急にしおらしくなった。今世、分からんな。まあおかげで首桶とかさらし首がないのはいい。なにせ臭い。

「まさか。ありがとう。王女もまさか本当に私が死にかけるとは思ってなかったのでは」

「殺意満々でしたけど……」

「いつだって彼女はそうかな」

 あの王女は紋章と脳と生い立ちと血統がまじりあって、だいぶ難しいことになっている。強い紋章を得ようと距離の遠い通婚を繰り返し過ぎたせいだ。前世では血が近いと発生する特有の病があったが、今世はそれに加えて紋章が遠い通婚を繰り返すと紋章由来の衝動が度を越えてしまう。農民の紋章を代表する衝動が弱い紋章が発現しないかぎり、夭折するであろうことは容易に想像できる。あるいは農民の紋章であっても、危ないかもしれない。

 同様なことは腕を無理やり移植した場合でも同じだ。似たり寄ったりのことが起きる。

 王女は、それに加えて幼いころからないがしろにされ、自ら紋章を鍛えるために無理に無理を重ねていた。脳からより紋章の伸ばした神経索の方が全身に広がっていたほどだ。

 そういう状況にあって、どうにか社会と折り合いをつけているというのが今の王女だ。ポーションなんてものがあるせいで医術や医術にかかわる研究がまったく進んでいない今世の人々に言っても分らぬであろうが……。

 何を勘違いしたのか、ミヤモト嬢は瞳に殺意を宿した。

「先輩の紋章は、必ず私が取り返しますから」

 自分のつんつるてんの右手を見る。今世で紋章なしというのはバカにされる対象どころか、なぜ生きているのか疑われるほどだ。面倒なので隠したかったかが、まあこれで王女とミヤモト嬢が殺しあっても面白くない。

 潮時、ということだろう。私は正直に話すことにした。

「ああいや。大丈夫だ。僕の紋章はないからね」

「へっ?」

「ドワーフに拾われる前、幼いころに腕を切られてね。まあそれなりに珍しい紋章だったんだろうが」

 正確に言えば、ドワーフの国が私を養い、拾う条件としてだしてきたのだが、前世の感覚からすれば、別段勇者の紋章なんぞどうでもいい。

「そ、それでどうやって生きてきたんですか……」

「私はないのが普通だったからな……」

 むしろ、紋章を生やしたままだったら、紋章の奴隷のようになっていたのではないか。


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