第58話 目覚める勇者の故郷

 お姉ちゃんと外に出れば、月もない夜空が広がっていました。季節外れの冷たい雨が振っています。

「そういえばアリマ先輩が」

「飢饉でしょ。あいつ、ずっと対応策を考えていたわ。この学校に入学するずっとずっと前から」

「なんでわかるの?」

 そう言ったら、白い目で見られました。

「逆に言うけど、なんで分かんないのよ」

「えー、そんなこと言われても、そもそも先輩に会ったのは最近で」

 お姉ちゃんはわざとらしい溜息をつくと、私の耳を引っ張りました。

「私じゃなくて、本当はあんたが気づくべきなんだからね」

「何に?」

「右手をあげて。そんな高くじゃなくて。肘を曲げて、紋章を私に見せるように」

「こう?」

「左手を右の二の腕にあてて?」

「うん」

「これを素早くやって、こう言うのよ。見ているんだろう。糞女神、力を貸せ、解放」

「なんか恥ずかしいよお姉ちゃん! あと口が悪い!」

「うっさい、うちの壁に書いてあったでしょ。あの落書きの言葉そのままよ」

「あー。毎年大掃除しているのに、なんでか磨くたびに色鮮やかになってたアレ」

「いいからやれ」

 私は蹴られました。お姉ちゃんは知らないかもしれませんが、このポーズとセリフはその、前世基準だとものすごく中二で恥ずかしいです。あと会ったこともないひと? 女神の悪口をいうのもなんだかって感じです。

 背中から無言の圧。再度蹴られたくなくて、私はウンチバーベキューやけくそ

 私は右手の甲を世界に見せつけました。左手が思いのほか勢いよく腕に当たって気持ちのいい音がしました。

「見ているんでしょう。力を貸してください。解放」

 右手の甲に刻まれた紋章が堰切ったように光をあげました。

 金属音のような鈴のような音。

 遠く、田園地帯を走るナイトキャリアーが見えました。

「先輩?」

「やっぱあんたもできるじゃん!」

「そ、それより遠ざかってるよ。お姉ちゃん!」

「追いかけるわよ」

「走って?」

「走ってよ。貴族様が乗るような便利な乗り物やすごい発掘兵器なんかなくてもね! こっちには二本のあんよがあんのよ!」

「お姉ちゃん知性を取り戻して!」

 私の言葉が面白かったのか、右手が何かに引かれました。引っ張られて走ります。そのまま、騎士科の整備場へ。

 整然と並ぶ鋼鉄の従士たちの間を私とお姉ちゃんは走りました。

 引っ張られている感覚がなくなって、私は一つの機体を見上げます。布が被せてありました。文字が書いてありました。

‘’ミレーヌのために‘’

「お姉ちゃん……」

「え、え?」

 お姉ちゃんが激しく動揺しています。これは先輩の餞別でしょうか。え、私にはそろばんでお姉ちゃんにはたとえ中古だとしても従士級スクワイヤクラスチェスピースとか値段差エグくないですか。強請ろう。

「お姉ちゃんずるくない?」

「まってまって! ほら、これも、これも、クラスのみんなの分あるから!」

 私は審議に入りました。値段差は気になりますが、実に気になりますが。

「……まあ、それならいいかな。もう少しで嫉妬のフレンドリーファイアだったよ」

 でも先輩はどうやってこんな数の機体を揃えたんでしょう。たとえ中古だとしても高いのに、高いのに。あと先輩お金なんて持ってないはずなのに。

「くっそー、アリマのくせに」

 お姉ちゃんは逆恨みしています。我が姉ながらひどい。

「でも、これなら追いつけるかもしれないね」

「そうだった。たまには役に立つわね。糞女神」

「私のお願いだよ?」

「あんたの成果は私の成果でしょ」

 お姉ちゃんは完全に真顔でした。


 私とお姉ちゃんは左右に分かれて布を外しました。

「新品だよ!?」

 私がそろばんとの値段さのエグさに仁王像みたいな顔になっていると、お姉ちゃんが呆けたように口を開きました。

「頭ついてる。これ従士級スクワイヤじゃない……」

「あれ、それじゃ動かせない?」

 お姉ちゃんは操縦席に潜りこみました。悔しいので私もついていきました。せめてもの腹いせに席にビニールがあったら先に破ってやろうという魂胆です。

「あれ、二人乗りだ」

 お姉ちゃんは何度も操縦席に頭をぶつけていました。

「アリマめ、アリマめ」

「お姉ちゃんいらないなら私が貰ってあげようか? そうだ、そろばんと交換してあげる!!」

「いらんわ。……あと、あんたと私で一機みたいよ。これ」

 だとすればそろばん分、私の勝ちかもしれません。

「何その変顔。いいから席について」

「今のは勝利をかみしめる顔だよ。お姉ちゃん」

 私は席につきました。お姉ちゃんの後ろ、後席です。右手を置くと私の戦士紋から神経索が伸びていくのを感じました。全身に伸びていきます。

 機体の中でお姉ちゃんの神経索と結びついたのが分かります。ああそうか、確かにこれは二人乗りなんだ。一人じゃくまなく全身に神経がいきわたらない。

「操縦分かる?」

「今機体の記憶領域から吸い上げ中。始動手順は大丈夫。今紋章の中に入った」

「外部心臓。接続」

「こんたぁーく」

 外から人工血液が流れてくるのを感じます。操縦席が左右の肺に押されて広くなったり狭くなったりし始めました。自立呼吸がはじまります。

「内部心臓弁解放」

「バイオエンジン定格まで三〇秒」

「関節浮動開始」

「ふろーてぃーんぐ。よーそろー」

 私は体中の拘束を解きました。全身全部の関節がわずかずつ浮いて背が高くなります。目の覆いが自動で外れて視覚が共有されました。

「左右の重さが違うと走りにくいから盾は背中に」

「うん」

 機体側から名前をつけてくださいと要請が入りました。

「ええとじゃあポ」

「勇者の故郷で」

 お姉ちゃんが私より先に名前をつけてしまいました。

「それうちのお店の名前じゃん!」

「なんにでも犬の名前つけるなって言ってんのよ」

 ちなみにこの世界の犬は前世では始祖鳥と呼ばれているあれです。近くで見ると思いのほか鶏です。これはこれで頭良くてかわいいです。 

「いくわよ」

「いつでもどうぞ」

 お姉ちゃんと声を合わせていっけぇーと言うのはちょっと楽しいことでした。

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