第56話 蘇る七つの星
そこまでやるか。それがその瞬間に思ったことだった。
ヨリユキの首を切断したイオリは氷よりも冷たいまなざしを向けた。武器など持ってないように見えたのに、次の瞬間には魔法の長剣を持っていた。もう片方の手には、ヨリユキの首を抱えていた。
どう見ても正気の沙汰ではない。意識を全部、紋章に預けたか。次の瞬間、紋章のささやくままに私は後ろに飛んだ。運で生き残ると紋章が教えているが、それ以外に手がなかった。
部室と壁を破壊し、脱出したイオリが振り向きざまに剣を振るう。校舎が、遅れて一刀両断された。一階部分の上の方から校舎がずれはじめ、倒壊する。あまりに音が大きすぎて、途中から音が途切れた。私の鼓膜は破れたのだと思う。
単純な攻撃力だけなら勇者すら越えるという、剣聖の一撃だった。
私は上体を逸らしたおかげで鼻を切断されて左手を切断されるだけで助かった。紋章の力で痛みを殺して着地する。ヨリユキの身体を確保するために叫んで倒れていく校舎に走った。
侯爵家の娘と事を起こすからと、あえて護衛を外したのは失敗だった。いや、護衛がいても全滅していたかもしれない。ならばこれは、まだマシか。
過ちは一つ、剣聖紋を甘く見ていたことだ。違う。剣聖紋に容易く全部の意識を明け渡す、あの娘の覚悟を甘く見ていた。
校舎に押しつぶされて遺体としか呼べなくなったものを見つけ、引きずりだす。手持ちのポーションをありったけ使った。
再生が始まらない。なんで?
「なんで、なんでポーションが効かないんだよ。最高品質のものだぞ」
ヨリユキの紋章が機能していない? 根が伸びていない?
なんだよそれと叫ぶ、目の前が夜の闇とは別のもので暗くなる。ヨリユキ、ダメだ。ヨリユキ、置いていかないで。
すると急に耳が聞こえるようになった。切り取られた鼻が再生した気がする。血で鼻が詰まる。涙が止まらない。誰かが回復術かポーションを使ったか。ちょうどいい、それを全部出せ! 出せ!!
「残念ながら……」
「まだ死んでない!!」
「ええ、死んでおりませんとも」
瓦礫の上で私を見下ろしていたのは真っ黒な服を着た人物だった。酷く大きい。巨人と言ってもいいような体躯。
「初めまして。リリアーナ王女殿下。私、セプテントリオンという商会の
笑顔でそれはそう言った。
「今のポーションは、お近づきの印でございます」
「金ならいくらでも出す。この男を助けろ」
「ああ、お客様、それが無理なのでございます」
「出来る出来ないの話などしていない!! 殺すぞ」
「ははは。ご自由に。ただ、そこに斃れている方の復活についてはあきらめる事になりますが……」
自分の奥歯が割れる音が聞こえる。
「……用件を話せ。私は今気が短い」
「はぁいっ。それはもう、もちろん。ははは」
私は暗器のナイフを投げた。耳を吹き飛ばしたのだが、オズボーンの笑いは消えない。
「昔、面倒くさい女神が、死者を切り分け、再生させて無敵の軍勢を作っていたことを禁止した例がありましてね、それ以降復活は先着順なのですよ、まったく商売というものが分かっていない。困った女神もいたものだ」
オズボーンの長い愚痴を聞き流し、私はヨリユキの首にイオリがポーションを使っていたことを思い出した。あれか。
「殺してやる。王国あげて領地丸ごと草一本生えぬまで破壊しつくしてくれる」
「その意気です。お手伝いをさせていただきますとも」
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