第55話 農民は善良なりや
王は野良着のまま、父のもとへ走った。馬の代わりにお気に入りの従士級を走らせる。戦闘用ではなく農作業用に設計製造されヨリユキ・アリマから贈られたもので、普段使いの脚としては君主級よりもよほど良かった。
この従士級の良いところは、頭がなく、背中の装甲がないことにあった。開放型操縦席は馬のように風を感じることができ、馬と比べて夜道に強かった。
父の運営する農場は、王都のはずれにある。
元国王である父は、今では思うままに大農園を運営している。王としては、正直うらやましい。大農場は農民の紋章を持つ者にとっては玉座よりよほど価値がある。自分も早く退位したい。
自らの機体が護衛の騎士級四機と遜色ない速度で走るのを見て、騎士匠の紋章の力はすさまじいものだと感じる。あれが本物の騎士を作ったら、どれだけのものができるのだろうか。
農場の入り口にある門には、父が待っていた。安楽椅子を運ばせており、のんびりと煙管をくゆらせている。
「お前の護衛に農場を荒らされるわけにはいかんからな」
父はそう言ってにやりと笑った。ゆっくりと立ち上がる。一応、退位した身として息子を立ててはくれるらしい。
王は笑い返すほどの心の余裕なく、黙って従士級から降りる。
「今期の収穫予想を、お聞かせいただけますか」
「分かっているだろう? ほぼ全滅だよ。食糧輸出で平和を買いあさってきたファルガナ国も、いよいよここまでかというほどのものだな」
「一時間ほど前、ですよね」
「そうなるな。わしはちょうど自分の作った葡萄酒を楽しんでおった」
「私は農作業を楽しんでおりました」
「そうか。原因は?」
「リリアーナがあなたのところに来たでしょう。一緒に学生がいたはずです」
「あれか。確かに飢饉になると言っておったな。紋章違いの事を言っていて正気を疑ったが……」
「正気でなかったのは我々だったようです」
「ふん。紋章の読みに他者の働きまで計算に入れていたなんぞ、過去誰も知らなかったろう」
「剣聖の紋章は他人の動きを予想したうえで最適な動きをすると先代の剣聖から聞いたことがあります。あれと同じことが非戦闘系紋章にもあったのでしょう」
「サダツグか。あれにも悪いことをした」
「まったくです。反省なされませ」
「もう何十年も反省しているさ。それで、どうするつもりだ。王よ。くだんの少年を処刑かなにかをしてしまったのだろう?」
「いえ、リリアーナに手を出してはいませんでしたので。さすがに妄言……と思っておりました……だけではそこまでは」
「ほう。ではリリアーナが殺したか。あの子にも困ったものだ」
「それもどうも違うようで」
王が大臣の報告を話すと、元国王は難しい顔をした。この国の貴族階級で表情を押し殺さないでも良いのは、王族だけであった。
「ふうむ。学園を襲撃した勢力がいたとは茶飲み話に聞いてはいたが」
「このことを狙っていたのでしょうか」
「信じがたい。軍備をおろそかにしているわが国だが、その分密偵には金を使っておろう」
「はい」
元国王はゆったりと頷いた。
「ヨリユキの紋章だけでも確保すべきであろうな。あの予想能力を他に移植すればどうにでもなろう。なんであればミヤモト家に下賜してもよい」
「そこはぬかりなく。リリアーナが動いております。自らの負傷をおいて、治療していると」
「そうか。褒めてやらねばな。出来のいい果物でも贈ろう」
「はい。移植先については、少しこちらでも一考しておきます」
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