第54話 災厄のドミノ

 夏の社交シーズンを控え、晩餐もない日の静かな夜。中庭に面した広い王宮をひた走る内務卿の姿があった。

 このころ、王宮の中庭は王の欲求を満たすために田園に改造されており、植え付けたばかりの苗は弱い風にそよいでいた。張られた水に星空が映り、美しくもあった。

 その田園の真ん中に、王が呆然と立っている。

 大臣は近寄ると、乾ききった口を開いた。

「王よ、たいへんです。王立学園で襲撃がおこりました。騎士側校舎が破壊され……ど、どうされたので」

 大臣の報告は途中で遮られた。ファルガナ王の顔は青ざめていた。

「飢饉がくる」

「は?」

「今、未来が変わった。父に連絡して確認を。急げ、秋の収穫が一〇分の一もない」

「そんな」

 大臣は言いかけて、頷いた。

「今日という日はわが国の厄日のようです。王女殿下が負傷をされています」

「あれにはねだられるまま毒も薬もを用意してやっている。心配など……」

「それが、ご自分には使われず、手持ちの全部をご友人に使っているらしく」

 王は一瞬だけ、国の災厄を忘れて父親の顔になった。

「あれが、友人のためにそこまでしてやるようなことが? だとすれば、人間としてようやくまともになったと喜ぶべきか。いや……」

 王は少しの間思案した。

「その友人とは、ヨリユキ・アリマのことか」

「そこまでは確認をしておりませんが、その……王女とはそのような関係なので?」

「そのようなことはないように監視をつけているだろう」

「そうでした。確認は別に人に遣ります。わたくしめは、先王陛下の元に参ります」

「そうしてくれ」

「しばし、お待ちを」

 大臣が泥に汚れた裾を無視して去ろうとしていると、王が声を掛けた。

「大臣、つかぬことを訊くが、校舎が破壊されたのは四〇分と少し前か?」

「はい。仰せの通りでございます」

「そうか」

 王は表情を改めた。

「父への連絡は私がやろう。王命をだす。お前は今すぐ、ヨリユキ・アリマの生存を確認せよ。宝物庫からエリクサーを持っていけ。それと大神殿から司教以上を出すように要請せよ、僧正級の出動も許す。業腹だが、神殿に借りを作る」

「はは。全力で王女殿下の回復に努めます」

「それはついででいい。ヨリユキだ。彼の治療を優先するよう」

「お言葉ながら、それはまた何故でありましょうか。臣には、不可解に思えます」

「朕は勘違いしていたのかもしれん。詳細はあとで説明する。急げ。何よりも急げ。そのためならお前は死んでも構わん」

「……微力を尽くします」

 王は権力を振りかざして大臣を走らせると、頭をかきむしった。


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