第39話 謀略の影

 その日はそれで終わり。私は授業を受けたが、今度は別の意味で手がつかなかった。いつも私が先輩のところに行っていたのに、先輩が私のところにくるなんて!!

 童女のころ、良く分からずに地竜を狩ってまわっていたころの興奮を思い出した。ああそう、たしかアンキロサウルスとかそういう名前だったような気がする。そう。何も知らずに力任せに紋章の力を振るえていたあの頃と同じくらい楽しい……気がする。

 毎日先輩が来たらいいのに。

 領地に毎日地竜が襲来したらなあと、童女のころ願っていたころと、同じようなことを思っている。成長のない話だ。

 でも仕方ないじゃない。令嬢とは一に我慢、二に我慢。三四がなくて五に我慢ですぞ。楽しいことなんて経験はない。

 まあでも、この心の動きは、恋ではありませんが。

 寮に帰って幼年学校の生徒たちに世話をされる。

「おひいさま、しおれていたお花に水をかけたような感じになっています」

「私はそんな分かりやすくはありません」

 そう言ったら、幼年学校の生徒たちが顔を見合わせた。

 私は顔を隠した。

「いや、本当に厳しい令嬢教育で……まあ途中までですけど……だから大丈夫です」

「でも」

「なあに?」

「分かりやすくはありませんと言っている時点で何かあったのでは」

 なるほど賢い。将来はこの娘を女官として召し上げたい。

 それはそれとして耳が熱くなってきたので私は耳を隠して生徒たちを見た。

「とにかく大丈夫なのです」

 そう大丈夫。先輩が毎日私のところに来てくれるなら、もっと大丈夫。そうならないかな。

 寝室に入り、窓際に座り込んで月を探す。


 一方そのころ。


 夜の部室に明かりを灯して、私は部屋を見渡した。窓際に膝を立てて座っていた王女殿下を見つける。

「やあアリマ、黒猫ちゃんの調子はどうだった?」

「衝撃を受けたようではなかったな」

「そっかー。二人も殺しておいてそんな感じだったか。案外あの娘は僕の趣味に近かったりしてね」

「死体は見つかっていないのだろう?」

「そうだね。確かに見つかっていない。でもそれだけだよ。現場に落ちていた血は、致死量なんかはるかに超えてしまっている。殺人を疑うのはおかしい」

「だが死体はなかった」

「うん。不思議なことに。あるいは不思議ではないのかもしれないけれど」

「死体が勝手に動いたわけでなければそうだな」

「処理が間に合わなかったんだろうね。黒猫ちゃんの報告は迅速だった」

「報告は軽い感じだったと聞いている。迅速だったとすれば、調べに行った守衛たちの手柄だろう」

「独自に調べたのかい? なら話は早いかな」

 王女殿下は両手を軽く上げた。

「僕の差し金じゃないよ。アリマ」

「そこは露にも疑ってない」

「ほんとにぃ?」

「本当だ」

 顔を近づけた王女殿下は、笑顔を見せた。美少女というには、いろんなものをあきらめ、捨てたような顔をしている。

「嬉しい話だけど。どうして?」

「剣聖の能力について語ったのは、殿下だろう」

「ああ、寝ているときの剣聖紋の話か。そうだな。確かに僕なら波状攻撃を三昼夜続けるね。そんなに手勢がいないからそもそもやらないけど。そう、剣聖というものは王家としても扱いが難しい」

「そういう話ではない。殺人に問うなら死体を残すだろう」

「そうだね……それが?」

「あえて死体を回収して隠さねばならない事情がない」

「評価してくれて嬉しいが、どうなんだろうねえ。いや、僕じゃないのは確かなんだけどさ。それを言い始めると王家全員についてもそうなんだよ。剣聖紋の強さを僕たちは良く知っている。だからこそ、余程でないと触れたがらない。敵対されても困るしね」

「殿下を失脚させるための芝居はどうだ?」

「え、僕を? うーん」

 殿下は少年のように腕を組んだ。

「アリマはわかんないかもしれないけど。宮廷では、僕なんて最初から失脚したようなものなんだよ。だからあえて僕を標的に謀略をやるかと言えば、そんなことはないかな。ミヤモト家も似たり寄ったりかなあ。他のどこの家とも違う、あそこの家は剣聖紋を象徴としてありがたがっている。そして、今の世代で唯一剣聖紋を持っているのは彼女だけだ。失脚させるなんてとんでもない」

「話を統合すると、王家でも、ミヤモト家でもないわけだな」

「そうなるね」

「第三者、か」

「それしかないんだけど、心当たりないんだよね。アリマの紋章はどうだい?」

「私の紋章はそういうものではない」

「でも騎士匠ナイトマイスターには騎士級を設計できるだけの計算能力がある」

「計算はしてやるがな。モンテカルロ法の未来予想の精度は高くないぞ」



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