第38話 ごまかしの剣聖さん
紋章に機嫌があるのだろうか。先輩に聞いたほうがいいかもしれない。
そう、直接会えば分かるはずだ。この気持ちが、なんなのか。本当に恋だったらどうしよう。いや、どうしようもない。そう、どうしようもない。恋だったら成立しないし、恋じゃなかったらなんだろう。そもそも先輩とは、何の関係もなくなる。
「おひいさま、しおれたお花みたいになっています」
世話をしてくれる幼年学校の生徒たちがそんな事を言う。大丈夫、私は剣聖だから、そう言って席を立った。剣聖の紋章は赤くなったり黒くなったりしている。見たことのない動きに、心が揺さぶられる。
空を見る。晴れていた。もう駄目だ。
なんで駄目なのかも思うまもなく涙が出ていた。よくない、よくないですぞ。私は剣聖、気に食わないものは全部斬り飛ばす、そんな女だ。
紋章が変に光っているせいか、周囲が騒いでいる。心配そうに声をかけてくれる人もいる。
王女の信奉者、ハリ様だった。
「イオリ……様?」
「はい……」
「私達では何もできないかもしれませんが、心配しております」
「ありがとうございます。私もそれしか言えません」
なぜかハリ様まで涙目だ。うっかり抱き合ってしまった。
先輩についてなど、誰にも言えるわけがない。言ったところでどうしようもない。
そのまま、どんよりした気分で授業を受けた。内容は当然頭に入らない。留年したらどうしよう。お父様はお許しになられまい。退学だ。
退学、先輩とは今生の別れ。
学校全部ぶった斬る気分にすらなれず、私はじっと席ですわるばかりだった。こうしていれば、心の嵐はいつか晴れるだろうか。
お昼の時間になると、以前助けたことがあるハスコ様が、先輩を連れてやってきた。
なんで先輩が? え、ハスコ様と?
どくん、と心臓が脈打つのを感じた。
いや、まさか。そう、そうだ。まさかだ。この間助けてすぐに、その、そういうことになるわけがない。そう、だから大丈夫。大丈夫。でも一応この学校は全部撫で斬りだ。
「この調子だと、知ってしまっているようだな」
「何を……ですか」
あ。紋章が爆発すると思ったら、先輩はハスコ様と私の耳にだけ届くくらいの声量で喋りだした。
「昨日君が倒した、刺客だ」
「そんなの……」
そう言えば倒れている黒づくめの人がいたな。
「私は倒していませんが、確かに怪しい人はいました」
ハスコ様がすごい嘘つきを見たような顔をしているが、他人の功績を奪うのも、嘘をつくのも好きではない。
先輩の顔を見る。この人の口から、君のためなら頑張れる気がするという言葉が紡がれたんだなあと思ったら、ぎゅんぎゅん紋章の光が戻り始めた。周囲がざわついている。いや、これ、あの。恥ずかしいのですが。
腕を隠して机に突っ伏すが、私の体の隙間から光が漏れるくらい紋章は青く輝いている。
私は思い切って顔をあげた。このままではうっかり私の恋心が全方向で漏れ出てしまう。それだけはさけなければならない。
困ったときの貴族令嬢の技、そのいくつめか。物憂げな顔。
「すみません。戦闘の話になると、つい」
周囲もハスコ様も納得した様子。先輩も頷きはした。でもどうだろう。先輩はとても聡いので……私の心に気づいたら?
私の心に気づいたら、どうなってしまうんだろう。
気づけば紋章が桃色に輝いていたので、ばんばん叩いて黙らせようとした。
「すみません、戦闘が好きな紋章で」
「ウォーモンガーじゃないですか」
ハスコ様が、良くわからないことを言った。まあいい。ここはその謎の言葉にのっかろう。
完璧な令嬢仕草で、傷ついているふり。
「そうなんです……」
「まあ知ってましたが」
そう言ったハスコ様が突然倒れた。自分の紋章を見る。調子良さそうに光っている。
「ええと」
「いや、あまり心配していないようでよかった。気に病むことはない」
先輩はそんなことを言った。
何を気に病むのだろうか? まさかハスコ様を倒したことだろうか。それならいえ、ちっとも気に病んでませんが。いっそせいせいするほどで。
先輩はハスコ様を担いでどこかに行ってしまった。貨物のような運び方だったが、まあいいとしよう。むしろ推奨する。
しかし二人で歩いてきたのは大減点だ。先輩には清く生きて欲しい。
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