第37話 剣聖さんの気づき(今更)
私は上機嫌で寮に帰った。数名の黒ずくめの男が倒れていて不思議な感じではあったが、まあいいかと、帰ってしまった。
声をかけるか悩んだが、ただ目を回しているだけだったので寮を守る兵士に声がけだけして済ませたのだった。
それだけの話だったのだが、その日はちょっとだけ特別だった。
私の髪を世話してくれている幼年学校の生徒が話を聞いて目を丸くしたのだ。
「おひいさま、それ刺客か侵入者じゃないですか」
「侵入者は隠れているから目を回すにしても人目につかないところに倒れているものよ」
「あっ」
じゃあ何なのか、と聞かれると困ってしまうのだが、侵入者でないのは確かだろう。実のところ私の紋章は隠れている者を探したりはできないので、そういうものにお目にかかったことはないのだが。
この学校は下級とはいえ貴族が通い、王族まで学生になっているところだ。警備については国内でも有数だろう。だから心配はいらないわよと幼年学校の生徒たちに告げて、不安があるならこっちに泊まってね。と話をした。
どんな刺客だろうが、殺気をみせたら私の紋章で見つけることができる。刺客の命の保証はできないが、そこはまあいいだろう。わざわざ貴族令嬢の私室に近づくだけで殺されるには十分の理由だ。
幼年学校の生徒たちのうち、三人が泊まることになった。不安があるというよりは、ふかふかの寝台で眠りたいという理由らしかった。客間を開放して、三人を泊めることにする。
いつもより遅い時間までおしゃべりして、お菓子を配る。私は食べることができないのだが、幼年学校の生徒たちに配るためのお菓子は常に常備されている。そういえば先輩がお菓子を用意してたことがあったなと、少し面白くなったりした。
普段、お菓子など買わない人なのだろう。紅茶にあっていない感じだった。
「おひいさま、なにかいいことありましたか?」
「どうかしら」
寝る前に髪の世話をしてもらいながら、そんなやり取りをする。
「最近おひいさまがきれいになったと、みんなで言っています」
「社交シーズンだからかしら」
「恋などされないんですか?」
そう言われて先輩の姿を思い浮かべて、思わず苦笑してしまった。
貴族令嬢に恋愛などはない。王族にもない。先輩のことは気に入っているが、恋なんて。無理。私はそれが許されるような立場でもない。
そうだなあ。先輩の就職を手伝って、どこかの辺境の文官あたりを斡旋して、数年に一度、遠くから見るとか、年間の報告書を見て、先輩の筆跡を見て、かつては彼と楽しくおしゃべりしたなあとか、そういうことを思うのが関の山だろう。
遠くから見てるときに誰かしらない人と手を握って歩いていたらどう思うかな。
「おひいさま泣かないで」
「泣いてないわよ。さすがにね」
そう言って顔をあげて鏡を見たら、涙が溢れて流れていた。
生徒たちに心配されて、ちょっと早く切り上げて寝室に入る。参った。まさか自分が泣くとは思ってなかった。そもそも泣く要素なんかあったろうか。
寝台に寝転がって、先輩から奪った戦利品たちを胸の上に置いて、先輩の上着を枕にして気を落ち着ける。
右手の甲を見る。紋章は青く輝いていた。ここ最近調子がいい。
寝台から起き上がった。戦利品たちを見る。
思わず顔を手で覆った。なんということだ。もしかして、これが恋だったらどうしよう。
令嬢失格の扱いでこの学校に流されて、恋とかしちゃった日にはもう目も当てられない気がする。
泣くのがいけなかった。そうだ。泣かない練習をするとかどうだろう。泣かなかったら自分の心に蓋をして、生きていけるかもしれない。
だいたい、泣くのはおかしい。私の性格的に相手を斬るとか、そういうほうが自分らしく感じる。
目を閉じて想像する。五年後、最果ての女とか絶対いない領地で先輩が仕事をしているのを遠くから見る。大丈夫。これなら泣かない。でも最果ては可哀想な気がする。そうだ。暖かい上着とか送ってあげよう。これだ、これだ。
右手の剣聖紋が文句を言うように赤く輝いている。勝負から逃げるなというふうに。
勝負なんて。え、でも勝負したら先輩の赴任地にいる全部の女性を斬ることになるのでは。さすがにそれはどうかと思う。できはすると思うが、それではお祖父様と変わるところがない。
しばし考えて、お祖父様もこうだったのかなあと考えてしまった。実にありそうな話だ。お祖父様はお祖母様が不倫かなにかをしていると勘違いしたか、あるいはそういう場面を見てしまった。それでこう。手をふっと横一文字。それで終わり。
それもいいなと思ってしまったら、もう終わりなんだろう。気を強くもたないといけない。
えー。でも恋? 本当かなあ。私はただ先輩を気に入っているだけでは。うん。そんな気がする。
紋章があまりに赤く光るので、腕に毛布を巻いて寝た。紋章も怒るときはあるのか、翌日は明滅を繰り返して大変だった。
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