第40話 外伝:雨がなくなる
時間は少し戻りますよ。また会いましたね。床に転がっててすみません。ハスコ(10)です。
剣聖さんが困ってそうなんで、先輩を連れてきたらコノザマですよ。ひどい話もあったもんです。
いやまあ、確かにですね。剣聖さんを出汁に先輩に会いに行ってお話ししようとか思ってたわけですよ。
なのである意味納得……できるかーい。
あ。でも今は先輩に抱えられているんでまあまあいいかな。若干荷物っぽい持ちかたなのが気になりますが。
「ありがとうございました。先輩。もう大丈夫です」
下ろしてもらって眼鏡を直しながらそういうと、先輩は優しそうに微笑みました。先輩は背が高いので、見上げる形です。
「あまり恨まないでやってくれ。あれで繊細だと思われるんだ」
「鬼攻撃力なのにメンタルくっそ弱いとかヤバないですよね」
私がそう言うと、先輩は静かに口を開きました。
「強い紋章程、心と能力が離れていく」
「言われてみればそうですね。私の紋章、弱くてよかったのかなあ」
「戦士の紋章のない戦いは負け戦だ。昔からそう言われている」
「歩のない将棋は負け将棋みたいな話ですね。分かります」
「剣聖は攻撃力が高いが防御力はさほどでもない。だからこそ、だな」
「そうですね。勇者パーティにも戦士いたんですよ。えへへ」
「さもありなん」
さらりと私の家の話をしようとしたら、あっさり納得されてしまいました。騎士科にとってはそれくらい当たり前というか、戦士が必須という意識があるのかもしれません。一〇〇人に一〇人は引き当てるようなありふれた職業だと思っていたんですが、それと価値は別だったようです。
うーんでも今の私は文官科だしなあ。平和な今の時代に戦士なんて言われてもあれだし。
ちらりと先輩を見ます。
こうやって一緒に歩いているとデートみたいですね。えへへ。とは、口に出せませんでした。デートって日本語でいうとなんだろうと考えだしたせいです。江戸時代にはなかったんでしょうか。
一人でつらつら考えるのももったいないので、話題を変えるつもりで廊下から外を見ました。
「今日も雨は降っていないですね。そろそろ雨期のはずなんですが」
「過去の資料を見ると、雨期が消失した時がちょうどこんな感じだった」
「え、雨期がなくなるとか大丈夫なんですか。お米とか」
「まさにそれだな。この国では雨期のせいで麦やヒエが腐るので穀物は米に頼るしかない。米には大量の水がいる。雨期がなくなるとなれば、とんでもない収量低下になる」
私は自分の故郷を思い出しました。前世ではない。今の故郷。似たり寄ったりですが。田園が広がってカモノハシガエルの大合唱。でもこっちのお米って赤いんですよね。白いご飯をそのうちお店にだしたいです。
いや、現実逃避するな私。先輩のほうを見上げます。
「雨期の消失って、どれくらいの確度ですか」
「おそらくは九割九分九厘」
「ほぼ一〇〇%じゃないですか。え、え、た、大変。お米買い集めておかないと」
「すでに王には伝えて、イス国から輸送する手筈は整えている」
「すごい! 偉い。さすが王様、農民の紋章持ち!」
「それで足りるかは、あやしい」
「すぐ実家に手紙出しますね。それであの、今更なんですが、先輩この話、私に話してもいいんですか」
「構わない。というよりも、なるべく広がるようにしているんだが」
「広まらないんですか?」
「この国は飢饉というものを、もう何年も経験していない」
「あー。その点日本は昭和でも平成でも令和でも米不足起きてますから危機感バッチリ大丈夫です。買占めは文化ですよ! 死んじゃえ」
「日本人だから伝わるというわけでもないだろうが、他の人々ももう少し、自衛に動いてほしいものだ」
そう言うアリマ先輩は、ひどく憂いているように見えました。
「先輩、こっちじゃただの学生なんですから、そんなに気負わないでもいいんじゃないですか」
「どうかな」
「どうかなって? 実は先輩王子様だったとか」
「いや、無気力病で捨てられていたところをドワーフに拾われた」
「あー。私はお姉ちゃんに助けられました」
「フォンテーヌ嬢らしい」
「そういう褒め方するのは先輩だけですよ。きっと。あー、つまりですね。基本的に私も先輩も捨てられたり捨てられかけたりしたんですから、別に国に対してどうこうとか思わなくてもいいんじゃないですか。身の回りの人さえよければ、それで」
「姉妹だな。フォンテーヌ嬢もそう言っていた」
「そう言われても嬉しくないです。お姉ちゃんはほんと自分ファーストなんで」
「そうでもない」
うっ。この先輩お姉ちゃんの良いところを的確に分かってる。やるな。でもお姉ちゃんは先輩のこと恋愛対象じゃないと言ってたんだよね。あれでも先輩から矢印がお姉ちゃんに伸びている可能性はあるのか。
「つかぬことを伺いますが、先輩はお姉ちゃんのことを……」
「お転婆な孫かな」
先輩、真顔でした。お姉ちゃん子供っぽいからなあ。
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