第31話 悟り系面倒くさい男子の騎士匠さん
ひっくり返った模擬騎士を見上げる。
それにしても模擬騎士ですら一撃なのか。歩兵級の中では防御力に優れている上に操縦者にも多重防御機構を取り入れているというのに、鎧袖一触にすらなっていない。凄まじい戦闘力だ。しかもこれで、剣聖は本気を出していない。あれを率いてかつて大苦戦だったと言われているから、あの世の戦争は恐ろしい。
操縦席から学生を引っ張り出して、修復のために運ばせる。その間、ずっと短剣が飛んでくる。王女は絶好調だな。
面白くなさそうな、短剣の軌道だ。
「どうした殿下」
「別に?」
「不機嫌に見えるが」
「分かってるなら察してよ!」
王女は異国の王女らしく我儘を言った。いや、なんでも前世と比較するのはなんだが、こうも我儘では大変だろう。見つからないように気配は隠しているのだろうが、それでも見える者には見えているのではないだろうか。
王女の先々を心配して、私は声をかけた。
「他人任せにするな。修行しろ」
「人の心とかないんか」
倍、短剣が飛んでくる。しばらく避けていたら、短剣が止まった。指と指の間に短剣の刃を挟んだ王女が、思い出したような顔で私を見ている。
「どうした」
「そう言えば模擬騎士は高いって聞いていたんだ。アリマ早く修理して。そのあとで暗殺するからさ」
なんでも正直に言えばいいというものでもないが、まあいいか。
模擬騎士は、本物の騎士と比べて機械の塊という感じが強い。騎士の全身に使われている浮遊球が使われていないのであらゆる不備をしのんで生き物を模した機械としている。当然本物の生き物に勝るところは力の強さくらいのもので、あとは全部劣る。
壊れたときに自動修復もできない。
装甲板を一旦全部外す、一番厚いところでも指の幅の半分という薄い装甲だ。それでも、背丈の半分ほどの大きさの装甲を運ぶのに四人ほどの人数がいる。
少し離れて装甲の外れた模擬騎士を見た。片目をつぶって確認。転倒で骨格にしている金属棒が歪み、操縦席も曲がってしまっている。これを空気圧で戻す。僅かな隙間に竜の膀胱で作った袋を入れてふいごで空気を送り込み、少しづつ形を戻す。抜本的に骨材を強化すればいいのだろうが、そうなると重くなりすぎて動けない存在になってしまう。
筋肉代わりの油圧作動筒も一部が曲がったのか、動作音が異常だ。取り外して交換。壊れた部品は後で手作業で治す。
油圧系統に指示を送る伝送系を直したいが、その頃には紋章持ちはみんな寮に帰っていた。
仕方ない、今日はここまでにするか。
一人で夜道を歩いていたら、至近距離で王女の気配を感じた。ずっとそばにいたのか、それとも優雅に食事をして昼寝の一つもしていたのかは分からないが、ご苦労なことだ
「修理、できなかったのかい?」
「あらかた修理した。あとは紋章から伝送系を伸ばすだけだが、こればかりは私ではできない」
「騎士の紋章持ってないもんねえ」
くすくすと笑いながら、闇に乗じて王女はすり寄ってくる。さながら、足に尻尾を巻き付けて歩く猫のよう。
「せっかく暗殺しようと思っていたのに残念だよ」
「そうか」
「どうやったら、その冷静な顔を歪ませられるかなあ」
王女はそう言って私の正面に立った。私に合わせて後ろに向かって歩きながら、顔を伺っている。こうしてみると絶世の美女、美少女だったかを自称するだけはある。
「ねえ、僕の顔を眺めるなんて幸せだって思わない?」
「私は六〇年以上、幸せを感じたことがない。それがどんなものだったのか、今はもう思い浮かばぬ」
「アリマいくつだっけ」
「一六だが」
「はい論破ー」
王女は私を指さして実に楽しそう。そのあとで私をじっと見て、心配そうに口を開いた。
「悔しそうにしたほうがいいよ」
「なぜだ?」
「僕が嬉しい」
「そういうものか」
「そうだよ。他人はどうか知らないけれど」
「他人はどうでもいいだろう」
「黒猫ちゃんが何をしたら喜ぶのか、興味ない?」
「ミヤモト嬢か。いや。私が興味を持つだけ無駄というものだ」
「ほうほう、して、その心は?」
「あれは自由気ままに生きている。自由も気ままも、忖度されたら面白くないのではないか」
「僕はイオリ嬢が自由気ままには思え……いや、自由だったわ。鍵壊したり授業無視したり、演習中に襲撃してきたり」
王女殿下は指折り数えたあと、私をまじまじと、化け物かなにかを見るような目で見た。
「これで平気な顔してつきあってるアリマ、おかしくない?」
私が少し微笑むと、王女は機嫌を害して短剣で突いてきた。夜の闇に合わせた黒い短剣も一本交えて、なかなか本気度だった。
「今僕もそうだとか思ったろ!」
「何も言ってないが」
「思っただけで罪ってやつはあるんだよ」
「そうだったか。まあ友人に恵まれて少々の問題では動じなくなった」
すると、激烈な反応が帰ってきた。王女は怒りすぎると暗殺の手が止まる。
「僕とあの娘を一緒にしないで。今後一生、絶対に」
「分かった」
「理由ぐらい聞いてよ!」
「他人と比べられるのを嫌うのは普通だ。特別ではない。比較されるとは恐怖の根源の一つだ。自分というものが他人と比べられることで薄れていく」
「えっ、劣っていると自覚するのが怖いんじゃないの?」
「ならば問うが、誰と比べられるにしても、全部で負けているわけでもないのだろう? どこか一つや二つは優れているところがあるのではないか?」
「優れている処ばかりだよ! 見なよ、この身体の起伏!」
言ってて王女は恥ずかしくなったのか隠れてしまった。まあいい。
「そういうものだ。劣るところを見せつけられて嫌、という以前に比べられるのがもう嫌なのが人間だ。本人から理由を聞くまでもない」
「そうやってなんでも分かった風なところがアリマの悪いところだよ」
「分かっているのではなくて、悟っているんだがな」
月に霞が掛かっている。明日は雨になりそうだ。
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