第29話 私は地竜

 私は先輩をとっちめることにした。今の私は小山ほどの地竜。見るもの全部踏み潰す。そんな気分。

 もはや雨の日など関係ない。先輩はどこだ。

 校庭か。


 ちょうど校庭では、練習用トレーナー模擬騎士フェイクナイトたちが並んでいた。歩兵級ポーンクラスを改造して、なんとか本物の騎士ナイトクラスに似せようと努力はしているのだが、いかんせん手足も胴も長さが足りず、可愛いというよりも不格好。とはいえ、練習で本物の騎士を並べるなんてことはたとえ王家でもできるわけがなく、学生はこれで我慢せよということらしかった。

 先輩は順番待ちなのか、腕を組んで模擬騎士の動きを見ていた。

 ……人の気も知らないで。

 それで私は、髪の毛が膨らむほど怒気をはらんで歩いた。私は地竜、地響きしながら歩いているつもり。

 私の怒りに気づいたか、先輩がこちらを見た。

 少し笑った。


 もう! その顔を見ただけで許しそうになるのが本当に許せない。私は大股で歩いて先輩を見上げた。

「授業はいいのかい?」

「それについては一旦忘れました」

「なるほど」

 私は息を吸って、本題に入った。昨日の夜から、それを言うことばかりを考えていた。

「先輩は命を大事にするべきです」

 そうだそうだと王女殿下の声がしたような気がしたが、気にしないことにする。

 返答はいかに? という顔で見ると、先輩は目元を手で隠した。泣いたわけではないと思う。

 それで手を外すと、先輩は元通り。

「大事にしているつもりなんだが」

「軽く自分を実験台にしていたじゃないですか。昨日!」

「勝率は高かった」

「確率なんてものに頼らないでください!」

 地竜が唸るようにがるるると唸ったところ、先輩はまた目元を手で隠した。手で掴んで引っ張ると、ひどく優しそうな顔がでてきた。なんでそれを隠すのかが分からない。

「もとより頼ってないが、そうだな。確かに、飢饉などは確率を無視しているのに、身の危険については確率に依拠していると言われても信用できないな」

「よくわかりませんけど、命を大切にすべきです。命を大切にすべきです」

「君に言われてると確かにそんな気がするな」

 事故でも起きたのか、試合をしていた模擬騎士が音を立てて二体とも倒れている。先輩はそちらをちらりと見ると、ため息をついた。

歩兵級ポーンクラスは後ろに倒れることを想定して設計されていない。救出してくる」

 私は袖を引っ張った。

「返答をください」

「大事にする」

 少しばかり照れくさそうに先輩が言ったので、一瞬地竜ではなくなるところだった。でも今の私は怒りの権化、冬眠を邪魔された地竜なのだ。

「その約束、覚えましたから」

 私は怒りの表現としてゆっくり歩いた。ホントは小走りになりたかったが、貴族令嬢としてそんなことは許されぬ。いや、地竜は重量感が大事。

 それで校舎までたどり着くと、やあという感じで前から王女殿下が姿を見せた。声が聞こえた気がするのは本当に気の所為だったか。

「致し方ないこととはいえ、失礼なところをお見せしました。お詫び申し上げます」

「いやいや。よく言ってくれた。まったくアリマには困ったものだ。剣聖の前に立つなんてさ。今度からは絶対させないから許して欲しい」

「ありがとうございます。いえ、でも」

 私が言い淀むと、王女殿下は外交向けの笑顔を見せた。いわゆる、完璧な笑顔。

「でも……?」

「なんでもありません。承知いたしました」

「うんうん。あいつは僕がよく見張っておくから、君は気にしないでいいよ!」

 殿下は上機嫌にそう言うと、校庭の方へ走っていった、自身の紋章を隠そうともせずに先輩を殺しに掛かっているようにも見えたが先輩は邪険に回避しているのでそういうわけではないようだ。そもそも王女殿下の紋章が発動したが最後、騎士科最弱の先輩ではすぐ殺されてしまうに違いない。

 なんだか胸がもやっとする。言いたいことを言ってすっきりしたはずなのに、なんだろうこの胸騒ぎ。

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