第18話 言い訳する剣聖さん
そうか、私は先輩を気に入っていたのか。
反芻して、びっくりする。まさか私が戦闘能力皆無の人を気に入るなんて。
授業を受けながら、そんなことを考えた。冷静になってみると領地の人々だって別に戦闘力は持っていなかった。そうか。
ずっと前から、私には戦闘能力以外で人を評価する力があったのだなと思ったら、少し嬉しくなった。紋章に振り回されてばかりだと思っていたけれど、紋章に関係ない私というものもちゃんとある。そういう部分も備わっている。
それだけで少し心が安らいだ気がする。先輩に感謝すべきだろう。褒めてあげます。良かったですね先輩。
そこまで偉そうに考えたあとで、鍵を壊したことについての言い訳を先輩にするのを忘れていたことに気付いた。偉そうに上着を新調して渡したが、お詫びという体裁を取っていなかった。これではまるで単に好きなので先輩にプレゼントをしたみたいになるではないか。
それはさすがに恥ずかしいので、あの教室の全員をどうやって消そうか真面目に考えてしまった。殺すまではいいのだが、死体の処理が難しい。
紋章が鈍く光っている。光らないでも分かっているわ。これが現実逃避だってこと。
授業中なので背筋を伸ばしていたが、内心は頭を抱えて足をばたばたさせている。先輩大好き剣聖さんとか言われたらどうしよう。まあ斬殺するんだけど。でも先輩は斬殺したくないな。いや、いやらしそうな顔で私のことが好きなのかいとか言ったら首を飛ばそう。上に下への泣き別れだ。そう決めた。
んーでも幸いにも服に意識が行って鍵のことまで頭は回っていないようだったな。命拾いしましたね、先輩。私が寛大な後輩で良かったと思うべきです。
しばらく機嫌良くなった後、何の問題も解決してないことに気付いた。鍵を勝手に開けて部室を占有する、これではまるで横暴剣聖ではないか。ど、どうしよう。いや、どうしようもない。言い訳だ。先輩に言い訳しないといけない。
でもどんな言い訳? 昨日の夜考えた言い訳は壊れそうだったんで壊しましただったのだが、昼になって冷静になって考えてみると、だから壊すのも変な気がする。むしろ完全におかしい人だ。
むしゃくしゃしてやったというのも、なんだか犯罪者ぽい気がする。そもそも鍵を壊すのは犯罪者だと先輩が言ったら斬殺しよう。いや、さすがにそれは横暴がすぎる気がする。じゃあどうするか。どうするんだろう、私。
ええい、ままよ。私は深く考えるのが苦手だった。どうにもならなかったら壊せばいいのだ。これだ、これだ。
昼休みになったので、即座に立ち上がって言い訳しに騎士科の校舎へ向かった。
「昼休みに虐殺姫だとぉ!?」
「うわぁ」
虐殺姫とは特別講師かなにかだろうか。仕事熱心な人だと思ったが興味はないので無視して先輩の教室に向かう。
それで教室を覗いたところ、先輩は上着を着て皆にからかわれていた。次の瞬間には先輩以外が全部倒れた。なにかの演技かもしれない。
「先輩、こちらへ」
「ん。ああ」
先輩は倒れた周囲の人達を哀れな生き物をみたような顔で一瞥すると、私の方へやってきた。その顔を見た瞬間に、何を話すのか、忘れた。というか、朝もそうだったことに今気づいた。
まずい。幼少の頃から半ばとはいえ、叩き込まれた貴族令嬢としての動きを、反射的にしそうになる。つまり上着似合ってますね、とか言ってテイラーを呼び寄せつつ、私を食事に誘わないのですかとか言いそうになる。現実に帰れと紋章が輝いた。そう。貴族令嬢である前に、私は剣聖、困ったらなんでも壊して前に進める女。
……壊してどうするのよ。
私は力尽きそうになって尻もちをつきそうになった。先輩があらぬ方向へ足を伸ばしたのが見えた。椅子が動いて、私はそこに収まった。見事な妙技だった。
「先輩の紋章の力でしょうか」
私が言うと、先輩は手を振って苦笑した。
「直接椅子を差し出すと、攻撃されるかもしれないからね。ただそれだけだよ。紋章とは関係ないし、私の紋章は戦闘用ではない」
それにしたって見事な反射速度だった。人間の反射速度を超えていたので紋章の自動反応速度だと思うのだけど。
もしかして、先輩は私を警戒しているのかもしれない。発作的に怒りそうになったが、冷静に考えると鍵を破壊して部室に入る強盗を警戒するのは、普通のような気がする。
そう、私は言い訳、言い訳をしにきたのだった。
「あ、あのですね」
自分の駄目なところだ。紋章と貴族令嬢としての訓練の範囲を超えてしまうと、途端に何をすればいいのか、何を話せばいいのかわからなくなる。
「つまり、ええと」
先輩が優しい顔になっている。もしかしたら先輩は私を警戒していないのかもしれない。
「眠くなって、鍵を壊して中で寝てしまいました」
言い訳のつもりが正直に話をしてしまった。なんで寮で眠らなかったんだいと言われると思って身を固くする。
先輩は小さく、そうかと言った後、咳払いして、そうかとまた言い直した。
「それでは仕方ないな」
「すみません……」
どういうわけだか、先輩の前だと情けない姿ばかりを見せている気がする。これは良くない。良くないですぞ。
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