第17話 晴れだけど先輩のところに行く剣聖さん

 翌朝になると、新しい上着が届いていた。もう少し胴回りを絞ったほうがいい気もするが、先輩の胴回りはわからないのでそのままだ。そのうち手直しをさせて、先輩に合うような格好にしよう。

 朝一番で、学校に、騎士科の校舎へ。歩いているとみんなが奇襲を受けたような騒ぎになっていた。

「晴れの日に虐殺姫だとぉ!?」

「うわぁ」

 虐殺姫とは特別講師かなにかだろうか。興味はないので無視して先輩の教室に向かう。先輩の教室はちゃんと調べがついている。淑女の嗜みというものだ。

 それで教室を覗いたところ、先輩は上着を着ずに皆にからかわれていた。次の瞬間には先輩以外が全部倒れた。なにかの演技かもしれない。

「先輩、こちらへ」

「ん。ああ」

 先輩は倒れた周囲の人達を一瞥すると、私の方へやってきた。何よ。胴周り、細いじゃない。やっぱりもっと絞ってもらおう。すると、かなり格好良くなる気がする。

「昨日はありがとうございました。上着を持ってきました」

「ああいや。すまない」

「なんで謝るんですか?」

「寝顔をちらりとみてしまった。申し訳ない」

 よくわからない理由だった。侯爵令嬢だろうと睡眠は取ると思うのだが。

「変な寝顔はしていないと思いますから大丈夫です」

「確かにそうだった。いや失礼」

「小さい頃から訓練を受けるので」

「寝顔の?」

「はい、寝顔の」

 貴族令嬢という領地を代表する商品、場合によっては国や一族を安堵するための切り札になるものは、あらゆる角度から鍛え上げられる。寝顔もその一つだ。寝顔一つで価値を暴落させるような貴族令嬢は貴族令嬢ではない。先輩は庶民らしく、そのあたりが分かっていなかったようで、なんとも言えない顔をしている。

 私は少しばかり意地悪な気持ちになった。私のことをわかってほしいとも思うし、こんなことも知らないんですか、とも思う。

「先輩だから教えるんですよ」

「光栄だが、またなんで?」

「教えても害がなさそうです」

「なるほど」

 私は上着を袋から取り出すと、先輩に着せた。周囲を一周回って確認する。

「前と全く同じもののはずですけど、胴回りの布が余っていますね。あとでテイラーを呼びます」

「まてまて、これ新品じゃないか」

「そうですけど?」

 それがなにか。という顔をしたら、先輩はなんとも言えない顔をした。貴族の力を垣間見た、というよりももっと別の感想を持ったような顔だった。

「ファルガナの貴族は奢侈だな」

「貴族はどこもそうではないのですか? 何かを贈る機会を見逃すような人は貴族とはいえません」

「そうなのか」

「はい。事あるごとに物を贈って、それで”貸し”を積み上げていくのが貴族だそうです。お父様が言っていました」

「なるほどなあ。所変わればなんとやらだな」

「先輩の故郷の貴族も、そうだったと思いますよ?」

「ん? ああ、そうかもな。鶴とか」

「鳥じゃないですか」

「鳥だな」

 庶民には鳥を贈るような風習があるのかもしれない。住む世界が違うと言われたような気がして、腹が立った。確かに仕掛けたのは私ですが。それでもやり返されると嫌な気分になる。

「先輩は時々意地悪です」

「意地悪なのではなくて、分かってないだけだ。今の会話に意地悪な部分があったか?」

「もういいです。肘と袖先は補強してあります」

「あて布があっていい感じだ。それでいてよく曲がる」

「良い革を使っていますから」

「こんな高価なものはいただけないといいたいが、俺のために誂えたんだよな」

「はい」

「一日で服が出てくるなんてすごいもんだ。分かった。ありがたくいただこう」

 私は微笑んでみせた。貸し一ですよ、先輩。と口には出さないで言う。先輩は正しく意図を受け取ったような顔をしている。

「ところで皆さんたおれていますけど、訓練かなにかですか」

「奇襲訓練だな」

「先輩もやったほうがいいのでは」

「こればかりは戦列を組む人間にしか分からない感覚らしくてな」

「先輩、文官科に移ったほうがよくないですか」

「そうもいかん。大小あっての話というものだ。必要なら騎士科を卒業した後に文官科に行く」

「六年も学校にいるおつもりですか」

 いやまて、それなら一年ほどは先輩を後輩として扱えるのではないだろうか。それなら雨の日でなくても会えるかも。

 そこまで考えて自分が結構先輩のことを気に入っていることに気付いた。今気づいた。


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