第6話 剣聖さんの一人会議

 殿下と少しお話をしたあと、殿下は上機嫌で帰って行かれた。なぜ機嫌が良かったのかは分からない。宮廷でお見かけしたときより、生き生きとされているのが印象的だった。殿下は騎士科におられるので、そのせいもあるのだろう。暗殺者の紋章では随分と勝手が違うとは思うが、それでも剣聖が文官科に通うよりは、紋章の機能に適っているはずだ。

 私はソーセージを全部食べて帰った。なかなかの美味しさだった。肉スープもじっくりと味わった。

 そして一人寮に戻って幼年学校の生徒たちに世話をされながら、だんだんと気分が沈んできたことに気づいた。最悪の気分だった。

 生徒たちと別れて食堂で食事をし、鳥のソテーを味わう。美味しい。でもソーセージの方が美味しかったかもしれない。

 一人きりになって、ベッドに入る。枕を頭にかぶった。雨の音が遠くなる。


 私は私よりずっと弱い先輩に情けをかけられたのではなかろうか。というよりも、先輩は王家にすら堂々と逆らっている。私のために逆らったという感じではなかったけれど、私のために怒っていたのは間違いないだろう。

 そんな人を頭の中だけとはいえ惨殺していたのは、さすがに恥ずかしい。いやもう恥ずかしいどころの話ですらない。自分を惨殺したい。悲しいことにそのイメージだけはどうしても浮かばない。

 帰る前に先輩にお礼を言えば良かったのだが、それすらできていない。私は先輩が王家に対して失礼な人だとしか思っていなかった。いや、それは間違っていないし、殿下の命令があればいつでも手打ちにするのだけど。そうではなく。


 うーうーとうめいた。


 私は先輩にどんな態度を取ればいいのだろう。ありがとうございます? 

 思えば家臣から忠誠を受けることはあっても、あるいは忠誠に対する御恩をうけることはあっても、私は縁もゆかりもない人にかばわれたことも親切にされたこともなかった。だからその事実に気づくことがひどく遅れてしまった。

 いや、正確ではない。私は心の中で事実から目を逸らそうとしていた。自分より弱い先輩が私を守ったという事実を納得できてない。というよりも認めがたい。そもそもなぜ私のためにそこまでするのかも分からない。


 だんだん、腹が立ってきた。はぁー? 頼んでませんけど。私は強いんで、かばったりしないでください。

 しかし、覆水盆に返らず、過ぎ去ったことは王にも戻せず。


 次に先輩が私を憐みの目で見てきたらどうしよう。殺すか。もはやそれしかないような気がしてきた。憐みを掛けられるくらいなら大罪人のほうがずっとまし。祖父もそうだったかもしれない。そんな気がしてきた。


 ……そうでもないかな。違う気もする。いや、そうではなく。問題は先輩だ。おのれ先輩め、私の気持ちをこうもかき乱すとは。


 うーうーうーとうめいた。


 殿下については問題ない。忠誠を受けるにふさわしい動きをされた。それだけ。それを先輩みたいに強要するのはどうかと思うけど。問題は先輩だ。なんで私に優しくする。優しい? 今私は優しいとか思った!?


 うーうーうーとうめいた。さらには足をばたばたさせた。


 もう眠るべきだ。夜更かしは美容の敵、敵に負けるわけにはいかない。おのれ、先輩め、美容の敵の味方になるか。

 次に思ったのは、残念ですがという私の声は、届いていたんだろうなということだった。それでも先輩は茶葉を用意していたわけだ。いつ来るかわからない、もしかしなくてもずっとこないかもしれない私のために。


 はぁー? 頼んでませんけど。私は強いんで、肉スープと肉で良かったんですけど。


 それも変だな。ダメだ。眠くて頭が回っていない。剣聖らしく、そして貴族令嬢らしく、ここは先輩にお礼を言うべきだろう。

 よし終わり、寝る。


 身体をゆすられる。気づけば朝になっていた。もうだめだ。やっぱりあの先輩を惨殺するしかない。しかも窓を開けるまでもなく、雨だった。雨の音が部屋の中にも響いている。

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