第5話 先輩の友人さん

「失礼いたしました。リリアーナ殿下が居られることに気づかず、恥ずかしいばかりです」

 淑女の礼を執る私の見えないところで、殿下が笑っている。リリアーナ・サヴォイア殿下は三人の王女の一人だった。私に一番年が近い方だ。

「アリマ! 見たかい? これが正しい臣下の礼ってやつだよ!」

「忠誠を誓うに値することが確認されたら、なんなら戻してやる」

「ああいや、それには及ばないんだけど……」

 私はいつまで頭を下げていればいいのだろう。忘れられてないといいけれど。

「ああ。頭をあげておくれよ。イオリ、でいいんだよね」

「はい。先年、初代様の名前を継ぎましたので」

「アリマ、聞いたかい? 宮廷では家名じゃなくて個人名で呼ぶんだからね」

「それはもういい。どうなんだ。殿下」

 私はおそるおそる、殿下を見た。殿下は男性のような、というか、男性の恰好をされている。長い金髪もひっつめて帽子の中に隠しておられる。実に楽しそう。

「この無礼な先輩を手打ちにしましょうか?」

「ああいや、それには及ばないよ。忠誠ありがとう。イオリ嬢」

 小さく手を振って殿下はそうおっしゃった。私の方を見て恥ずかしそうに笑っている。

「僕に気づかないのも仕方ないよ。紋章の効果があるからね」

 リリアーナ殿下の持つ紋章は暗殺者。あまり王家にふさわしくはない紋章だが、これでもかなり頑張ったほうだろう。殿下は一〇歳まで王家の名乗りを許されていなかったから、おそらくは暗殺者の下位紋章である大盗賊、ひょっとしたらさらにその下の盗賊の紋章持ちだったのかもしれない。

 暗殺者は許されても盗賊や大盗賊は許されないのが宮廷というものだ。そこから王家の一員となるために、血のにじむような訓練をしてきたであろうことは、私にも分かる。

「ああその、この格好は趣味なんだ。気にしないでくれると嬉しい」

「殿下がそうおっしゃるのであれば」

 もっとも、殿下は私より背も高く、肉付きもいいから、私が制服を差し出したところで、お役には立たないだろう。

「で、どうなんだ」

 先輩は先ほどからそればかりを言っている。危険思想とされるのが嫌なら、変なことを言わなければいいのに。

「んー」

 殿下は腕を組んだ。華やかな顔立ちをされているので、どこかの舞台俳優のよう。

「僕だって全部の貴族事情を知ってるわけじゃないし、個別の案件について、王家の差配の全部を知る立場にいるわけじゃない。そこは分かってくれよ。アリマ」

「承知した」

「それでイオリ嬢なんだけど、多分」

 殿下は私をちらりと見た。私に配慮をされているのだろう。心優しい方だ。先輩とは全然違う。

「どうぞ、お言葉を続けてください。それは事実なのですから」

「ああうん。イオリ嬢の三代前、お祖父さんが反乱……というか、乱心されたんだよ」

 祖父はむしゃくしゃしていたのだと思う。家中の部下数十人と私の祖母を殺害して、自決して果てた。お家が取りつぶしになってもまったくおかしくない大事件だったのだが、王家が動いてくれて、特に罰せられるようなことはなかった。祖父の話をするのは家では禁忌になっているので想像するしかないのだが、祖父は王家の方と仲が良かったのではなかろうか。サヴォイア王家の方は、妙に変人を愛するところがある。偏愛と言ってもよいほどだ。先輩もその口でかわいがられているのかもしれない。

「なるほど。そのご乱心された方も?」

「剣聖持ちだね。それでまあ、三代前とはいえ、三〇年と離れていない昔の話だ。侯爵家としてはことさら王家に借りを感じていてもおかしくはない。ずっと使ってなかったイオリの名前をつけたのもそれだろう。ミヤモトイオリは忠誠心厚い人物だったと伝えられている」

「なるほど。だからといってこんな娘に責め苦を負わせるのか?」

「まあうん。それは僕も思った。というか、知ったのは今日だから、今日だからね!」

 殿下はなぜか、先輩に気を使っておられる。不思議な感じだ。私の視線に気づいたのか、殿下は苦笑した。

「彼は特別なんだよ」

「そう、なのですか」

「そうなんだ。学園に入ったとき、僕を男の友人と思って扱ってくれと言ったんだけど、それを本当に実践したのは彼だけだったんだ。ね、アリマ」

「変えて欲しいのか」

「そんなこと言ってないだろ」

 殿下はそう口をとがらせて言った後、私を見た。

「あ、でもこれは恋愛とかそういうのじゃないからね!? 僕は可愛い女の子が好きなんだ。そこは誤解しないように!」

 それでいいんだろうか。いや、王家の方がおっしゃるのであれば、私としては何も言うところがない。言う資格がない。

 私が頭を下げると、殿下は大げさに手をたたいた。

「そういうことで、えーと、ミヤモト家の忠誠心、嬉しく思う。しかし、可愛い女の子を痛めつけるのは僕の趣味ではない。という趣旨の綸旨を伯父上に出してもらうようにするよ。それでいいよね。アリマ」

「面倒くさいものだな。貴族は」

「んー。君の属する騎士も一応分類では貴族なんだけどねー」

「先輩、無礼講で本当に無礼を働く人って言葉、知っていますか」

「自分の言葉に責任を持たない人間が他人を責める時に使う言葉だな」

「あーもう。アリマが分かるわけないよ。イオリ嬢。気にしないで」

 殿下は私と先輩の間に入った。

「アリマはこういうやつだけど、僕の数少ない友達なんだ」

 友達は選んだほうがいいのではと思ったが、黙った。それこそ私には、言う資格がない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る