第4話 雨の日の口論

 いらいらすること二日。ようやく、雨が降った。朝からだったのだが、気分よく通学できた。あまりにも気分が良くて、なんで気分がいいのか一瞬忘れるほどだった。

 そうそう。部室に行かなければ。そして例の先輩を惨殺する。 しかるのちに肉を奪う。これだ、これだ。

 山賊になった気分で放課後を待ち、気分よく騎士科の校舎に向かった。なぜだか注目されている気もする。いつもなら頭の中で惨殺して回るところだが、今日は時間が惜しい。部室の前に来た。

 またおいでと言われた。またおいでと言われた。またおいでと言われた。

 よし、そのうえでげぇとかいう顔だったら殺そう。ほんとに殺そう。


 それで私は、ちょっとドアを開けた。先輩は読書中だったが、すぐにこっちを見た。

 驚いた顔ではあったが、げぇではなかった。すぐ笑顔になった。この人の場合、笑顔には複数の種類があるらしくて、私に向けた笑顔は校舎から見えていた校庭で見せていたものとは違った。もっと優しい。

 ドアをしめる。もう一度、ちょっと開ける。中を伺う。やっぱり笑顔になっている。よくわからない人だ。

「いらっしゃい」

 どうやら前回別れ際に私が言った、残念ですがという言葉は聞こえていなかったらしい。私は運がいい。いや、運がいいのは先輩だろう。惨殺死体にならずにすんでいるのだから。

 私が部屋に入ってドアを後ろ手に閉めると、先輩は上機嫌でお茶を用意し始めた。

 どんな文句を言いながら肉スープをゆっくり味わおうかと考えていたら、出てきたものには葱が浮かんでいなかった。

「前回はお客が来ると思ってなかったからアレだったけど、今度はちゃんとお茶だよ。結構高かったんだが、茶請けには小さな焼き菓子も用意してみた」

 なるほど、これは中々に考え抜かれた反撃だ。なんて嫌な攻撃だろう。確かに私はちゃんとしたお茶を出すべきとは思った。批判めいたことも口にはした。しかし。

 私が先輩の惨殺をこらえて震えていると、先輩はあたふたした。

「ああ。そういえば、ソーセージがあるよ。もちろん、肉スープも」

「私に欲しいとか言わせるつもりなのでしょう……」

「そんなことはないさ」


 それでそそくさと、葱の浮いた肉スープが出てきた。いや、これは実質私が欲しいと言ったのと同じでは。

 私はじっと湯気の立つスープを見る。

 ここでの正解はすっと立って気高く去っていく。これだ。

 しかしスープは悪魔的だった。これは罠だ。


 ほっ。


 気づいたらスープを飲んでいた私がいた。

 今日のスープは前回よりいささか濃い。味としてはこちらが好みの気もする。日持ちしないから毎日作り直しているとは思うのだが、実際のところは分からない。継ぎ足しながらつくっているのかも。

 悔しいが美味しいと認めざるをえない。

 そして無骨なソーセージ。腸詰。ボイルしてあるだけだが、それだけで美味しそうに見える。ふーん。そう来たのね。

 食べたときのパリッ、パきっという音と、合わせて飛び出す肉汁の旨味が口の中を蹂躙する。香草は三種類、羊肉が中心。臭みを良く消してある。いかにも庶民の食べ物だ。庶民め。こんなものを食べているとは。

 もぐもぐと吟味していたら、先輩と目があった。からかってくるかと思いきや、先輩は私を心配そうに見ている。


「ミヤモト嬢は、もう少し食べたほうがいいな」

「私の何を分かっているというのです」

 そう言った後で、私は警戒した。

「そもそも、なんで先輩は私の名前を知っているのですか」

「君は無頓着なのかもしれないが、大貴族の令嬢が入学したというのは、学園を揺るがす大ニュースだったんだよ。君を知らない人はこの学校にはいないと思うよ」

「王室の方もいらっしゃいますよね?」

 王室と比べれば、侯爵令嬢なんて、さほど珍しくはない。王女はこの国で三人しかおらず、お一人はご高齢だ。対して侯爵令嬢は国全部で二〇人近くいる。

「比べる対象がすごすぎて、コメントが難しい」

「はぁ」

 恐れ多いとか言えばいいのに、随分とあけすけな物言いだ。庶民風というものだろうか。

 先輩はまた違う笑いを浮かべた。

「おそらく、社交シーズンを前に食事制限をしているとは思うんだが、やりすぎだよ」

「分かったようなことを言わないでください」

「なるほど、つまるところは君の紋章かい?」

 私は黙った。先輩は苦い顔をしている。

「紋章の中には太りやすいものがあるからな」

「全然違います。あと失礼です」

 私は怒った。カップを一六分割してしまうところだった。

「失礼ではないと思うが」

「太りやすい体質だねとか乙女にとっては百回殺されても仕方ない暴言です」

「紋章は体質とはまた違うと思うんだが、気に障ったのなら申し訳ない。謝罪する」

「……剣聖は太りやすくなったりはしません。けして」

「そうなのか。なら、なおさら無理な食事制限はやめたほうがいい」

 私は空になったカップを置いた。音もなく六四分割されて花が広がるようにカップだったものが崩れる。

 先輩の目を見た。鳶色をしている。

「これ以上私が強くなったら、誰も止められなくなります。そんな存在を、この国が許すとでも?」

「可憐な乙女に食事制限を科さなければ存続できない国なんて滅んでしまえ」

 先輩は冷え冷えとする声でそう言った。最弱とは思えないような態度だった。

「不敬ですよ。先輩」

「敬意も忠誠も、選んで捧げるものだ。君が言う言葉が本当なら、この国は我が忠誠に値しない」

 弱いのに偉そうなのが鼻につく。私を守ろうとか思っているところが大っ嫌い。おちつけ。私。私は貴族の娘。

「危険思想だと言っているのです。騎士はどうか分かりませんが、もし任官した文官がそんなことを言ったら、すぐにも北の山の中で一生を過ごすことになります。肉スープとソーセージに免じて、その発言は忘れてさしあげます。あと、カップは弁償します」

「なるほど。おい、殿下、彼女の言うことは本当か」

「え、そこで僕に話を振るのかい?」

 私は慌てて立ち上がった。信じがたいことに部屋にもう一人いた。今の今まで気づいていなかった。

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