第4章:新たな獲物――旅の剣士
第4章:新たな獲物――旅の剣士
翌朝、身体を伸ばし、少しずつだが四足歩行にも慣れ始めている自分に気づく。せめてもう少しレベルを上げ、身を守れるようにしたいが、どこで獲物を探せばいいのか。
この辺りは比較的、人間が往来する道が少ない。アタックできるターゲットも限られる。何より村からの追っ手に警戒する必要がある。もっと奥地の森や山に行けば、魔物が多いだろうが、そこでは自分が狩られる側になるリスクも大きい。
考えあぐねていると、遠くの地平線に人影を見つける。旅装束の人物が一人、ゆっくりと馬に乗ってこちらに向かってくるようだ。馬は茶色の毛並みで、装備を見る限りその人物は騎士というよりは旅の剣士か冒険者かもしれない。
――チャンスかもしれない。馬を持っているなら、それなりに強い可能性があるが、逆に高い経験値を得られるかもしれない。とはいえ、下手をすれば逆に切り伏せられる。どうする?
しばらく観察していると、その剣士らしき人物は気だるそうに馬を進めている。疲れているのか、それとも怪我をしているのか。もしかすると、狩りや戦闘の帰りで消耗している可能性もある。
意を決し、茂みの陰から姿を現してみる。もちろん、まだ距離はある。相手がこちらに気づけば、どう出るかを見極めたい。
すると、剣士は馬を止め、こちらに視線を送ってくる。
「ああ、羊か……こんな荒野に一匹で珍しいな」
その声は低く、落ち着いているが、警戒心はおそらくあるだろう。ここで走って逃げるふりをしつつ、相手が油断した瞬間に突進――そんな作戦を思いつくが、相手は馬上から容赦なく剣を振るうかもしれない。
剣士は鞘から少しだけ剣を抜き、こちらをうかがうように構えている。やはり冒険者や傭兵の類か。一般の村人よりも手強いのは明らかだ。
――勝てるのか? レベル3の羊が、この手練れの剣士に。
一方、内なる声が囁く。「食べれば、大きく成長できるかもしれない」。もうすでに後戻りはできない。強くならなければ、この世界では生き残れない。それに、どうせ人間は自分を食べる対象としか見ないはずだ。
(ああ、腹が減った……)
そんなふうに思った瞬間、身体の奥底で獣性が目覚めるのを感じる。筋肉が震え、脳内にアドレナリンが噴出するような感覚。捕食スキルが呼応しているのかもしれない。
「どうした? お前、ただの羊じゃなさそうだな……」
剣士が鋭い眼光を向けてくる。言葉こそ理解できるが、返事をすることはできない。自分は一気に地面を蹴り、突進を繰り出した。
「メェエエッ!!」
手応えは、思ったより軽い。剣士は馬上からうまく身をかわし、さっと剣を抜き放っている。危うく自分の横腹に刃が届きそうになったが、間一髪でかわした形だ。
「ちっ……やはり襲ってくるか。獣の本能か、それとも魔物の性か」
剣士は馬から飛び降り、構えを取る。馬は慣れているのか、少し離れた場所へ退避。どうやらこの剣士、戦闘に慣れている。下手な攻め方をすれば自分が先にやられてしまう。
だが、こちらはレベル3とはいえ、“気配察知Lv1”もある。剣士の微かな動きを感じ取り、角を振り上げて突進のタイミングを計る。心臓の鼓動が高まる。
「ほう……可愛い顔してなかなかやるじゃないか」
剣士は半笑いでこちらを挑発してくる。こうなったら正面からぶつかるしかない。強く蹴り込むと同時に、低い姿勢で相手の懐に飛び込み、角を振り上げる――。
――ガキンッ!!
甲高い金属音が響く。剣士が剣を横にしてガードしたのだ。衝撃で体がぐらりと揺れたが、相手の姿勢も崩れた。ここだ! さらにもう一度、突進スキルを発動。頭突きの要領で相手の胸元を狙う。
「くっ……!」
剣士はそれでも体をひねって横に飛ぶ。が、避けきれずに腕を角でかすめたらしく、小さく悲鳴をあげている。自分はこの好機を逃さず、一気に距離を詰めようとする。
しかし、剣士は慌てず剣を振り上げ、今度は鋭い斬撃を繰り出す。ヒュンと風を切る音に反射的に身体をひねるが、肩のあたりに浅く切り傷を受けてしまった。血がにじみ、思わず痛みで声を上げる。
「メェッ……!」
そんな苦痛の声を無視するかのように、剣士は再び突きかかる。こちらも即座に反応し、後ろ足でキックするように迎撃しようとするが、蹄が空を切る。腕を狙ったはずだが、剣士は体を沈めて姿勢を低くしている。まさに達人の動きだ。
「なかなかしぶといな、化け羊め……だが、次は躱(かわ)しきれまい!」
剣士の声と共に、銀色の光が横一文字に走る。今度こそ、かわしきれない――と思った瞬間、脳内で何かが弾ける感覚があった。
『捕食スキル』が派生しました:〈狂乱の一撃Lv1〉
突然のシステムメッセージのようなものが頭に浮かび、身体が熱い衝動に支配される。歯を剥き出し、瞳が赤く染まるような感覚。そのまま突進するのではなく、体を横に回転させるように動き、剣士の脇腹を角で切り裂いた。
「ぐあっ……!」
剣士が膝をつく。どうやら相当に深手を負わせたらしい。こちらも血を流しているが、相手のダメージは大きいようだ。
「この、化け物が……」
剣士は必死に剣を振ろうとするが、もう動きが鈍い。自分はその腕にかぶり付き、思い切りねじる。ブチッと骨の折れる嫌な音がした。叫び声が上がり、力が抜けていく剣士。
脳裏に浮かぶのは、捕食への欲求。ここでためらえばまた危険にさらされる。迷いなく喉元に噛みつき、トドメを刺した。血が溢れ、体液が口内に流れ込む。慣れてしまった自分が怖い。
「レベル3 → 4。〈狂乱の一撃Lv1〉を正式スキルに認定。魔力が上昇しました」
朗報だ。どうやら“魔力”というパラメータも成長しているらしい。確かに身体に漲るエネルギーが、これまでとは違う。ひょっとすると魔法が使えるようになる可能性もあるのかもしれない。
剣士の肉体を貪り尽くし、むさぼり喰らう。食欲を満たしながら、自分の体がさらに強化されていくのを感じる。途中でゾッとするが、今の自分にとってはこれこそが“食事”なのだ。
剣士が持っていた剣を試しに蹄で動かそうとするが、やはり難しい。まだ羊の体では武器を扱うのは非現実的だ。馬が遠巻きにこちらを見ているが、こちらの力を恐れているのか逃げようとはしない。
(馬……どうする?)
食べることも可能だろうが、人間の肉ほどの経験値は得られないはず。むしろ騎乗できれば楽かもしれないが、この体では鞍に乗るのも難しそうだ。結局、近づくと馬は警戒して走り去ってしまった。
剣士を平らげたことで満腹感も得られた。回復薬やポーチはどこに? 探してみると、腰の袋に少しの硬貨と地図らしきものがあった。地図……文字が読めるなら何とかなるかもしれない。しかし蹄で広げるのは至難の業だ。
少し試行錯誤してみる。地面に地図を広げ、鼻先や角の先端を使って少しずつ角度を変えながら眺める。おそらくこの世界の言語だろうが、元人間である自分にはなんとなく判読できる文字もある。表記がどこかファンタジーRPG風だが、直感的に川や山の位置が分かるようには描かれている。
――どうやら、この荒野を超えた先には大きな街があるらしい。それから北側には“魔物の森”と呼ばれる広大な森林がある。そこには強力な魔物がひしめいているが、同時にレアなアイテムや素材が豊富に存在する、と地図の余白に書き込みがある。
(なるほど……)
もしそこで力をつけられればいいが、リスクも大きい。人間の集団を襲うのも危険が増すばかりだ。やがては自分はもっと強くなり、いずれ――“魔王”になる。その言葉が自然と頭をよぎるようになっていた。
なぜ魔王などという存在を目指すのか、自分でもはっきり理解してはいない。ただ、本能的に、もっともっと強くなり、“頂点”に立たなければこの世界での脅威に飲み込まれるのだと感じていた。
ならば、その第一歩として“魔物の森”へ向かうか。それとも、大きな都市へ潜り込み、さらなる人間を糧にして力を蓄えるか……。決断を迫られる。
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