第21話 お祭り【ソレイユ書房】
今日は、シャルディア王国の建国記念日だ。
これから三日三晩、王都はお祭り騒ぎになる。
「アオイちゃんのお店はお休み?」
華やかに彩られた街並みを歩いていると、お花屋さんの奥さんに声をかけられた。
ここのお花屋さんは、王都で一番の品揃えを誇るお店。
わたしが、この国にはあまり定着していなかった『花言葉』を教え、本を勧めたら大繫盛したのだ。
おかげでこの奥さんとは仲良くなっていた。
「今日はお休みにしようかなって。国外の観光客が多く来る明日だけ開店するよ」
「あら、そうなのね。うちは逆に明日だけお休みなのよ」
奥さんはそう言って笑った。
「じゃあ明日、書房にお邪魔するわ」
「ありがとう! 待ってるね」
建国祭は、年に一度の大きなお祭り。
店を経営する者も、公務員として働く者も、三日間をどのように過ごすのかは自由。
この三日間だけは特別なのだ。
奥さんは、大きな薔薇の花束を持っていた。
ピンクのレースに彩られた、可愛らしい花束。
もしかして。
「お客さん、誰かプロポーズするの?」
「そうなのよ! 常連さんなんだけどね、このお祭りの最後にプロポーズするんだって! 素敵よねぇ」
特別な日だからこそ、特別なことを。
それは人間界も同じようなこと。
違う世界でも、求めるものには共通点が出るのだ。
柔らかな水色の空に、白い雲。
色とりどりの旗がぱたぱたと風に揺れ、どこからともなく吟遊詩人の歌が聴こえてくる。
「ヒナタくんは来ないの?」
「お兄ちゃんはお店が終わったら来る予定なんだ。やっぱり楽しみたいからね」
「いいわね。そうしたら、ヒナタくんと一緒にお店来てよ。特別な花をお渡しするわ」
「わぁ、楽しみ! ありがとう!」
わたしもお兄ちゃんも、この国のみんなによくしてもらってる。
本当に嬉しくて、ありがたい。
いつか、お返しができたらいいな。
*
初めての建国祭では、その華やかさに圧倒された。
王宮魔術師によって降り続ける、花びらの雨。
吟遊詩人たちが歌う、建国の女神を称える音楽。
飲食店による露店に、特別売り出しをしているお店。
どれもこれもが輝いていて、その光景は子どもだったわたしたちの脳裏に焼き付いたのだ。
お兄ちゃんが来たのは、向日葵書店が終わった夜だった。
夜にも拘わらず、祭は賑やかに行われている。
わたしは、お兄ちゃんに労いを込めてクレープを渡した。
「はい、あげる」
「ありがとう」
ホイップクリームたっぷりの、フルーツクレープ。
お兄ちゃんは、にっこりと笑って受け取ってくれた。
「うん、おいしい」
「ちゃんと毎日食べてよね」
お兄ちゃんは細い。細すぎるくらい細い。
食が細いせいで、身長は高いのに体重はその平均以下なのだ。
昔からお母さんに言われているから、お母さんがいない今はわたしがちゃんとチェックしないと。
「葵、母さんみたいになってきたな」
「お兄ちゃんが食べないからいけないの!」
倒れられたら困るんだから。
そんな想いを込めて軽く睨むと、お兄ちゃんはおもしろそうに笑った。
「まぁまぁ。とりあえず歩こうよ」
クレープを食べ終わったお兄ちゃんは、ベンチから立ち上がった。
そして、わたしに手を差し伸べる。
「ほら、行こう」
「うん!」
そのとき。
ドーン、と花火が上がった。
建国を祝う、大きな花火。
それは、夜空に色とりどりの花を咲かせる。
「いつ見ても花火は綺麗だな」
お兄ちゃんがぽつりと言った。
その横顔は、美しくて儚い。
細身のせいで、お兄ちゃんは空気のように消えてしまいそうに見えた。
──いつか、お兄ちゃんが消えちゃったら。
ありもしない想像をして、自分で身震いする。
お兄ちゃんが消えるのはいやだ。
もしそうなったら、わたしも一緒に行く。
わたしたちは運命共同体なんだから。
「変な想像しないの」
不意に、口に何かを押し込められた。
甘酸っぱい何かが、口の中で溢れる。
嚙んでみると、ラズベリーのマカロンだった。
「いなくならないよ、絶対ね」
双子のせいかは分からない。
ただ、こうやってお互いの考えていることが分かるのは当たり前。
お兄ちゃんは、いつの間にか買ったらしいマカロンをわたしの口に押し込んできた。
「心配すんなよ」
「……っんぐ、心配するよ。お兄ちゃん、昔から危なっかしいもん。食べないで栄養失調で消えちゃうかもとか、事故に遭って死んじゃうかもとか。少しは考えてよね。じゃないと、わたしも心配で死んじゃうんだから」
「分かったよ。冗談にならないから許してくれ」
お兄ちゃんは困ったように笑った。
そんなお兄ちゃんの手の中にある紙袋に、思いっきり手を突っ込む。
そして、掴んだ一つをお兄ちゃんの口に押し込んだ。
「っ、おい!」
「お返しだよ!」
わたしは、お兄ちゃんが大好きだから。
お兄ちゃんの幸せを祈ってるからね。
建国祭の夜。
星々と共に輝く月。
それらは、このシャルディア王国が生まれた証なのだ。
「こういう日ってさ、転生者がきたりするんだよな~」
露店で食べ歩きをしていたとき。
ふと、前を歩く二人組の青年たちが話し始めた。
「神聖な日とかに召喚されるんだろ。本当にあるのかな」
「分かんないよな。でも、本当にあったらすごいと思う。だって、異世界からやってくるんだぜ?」
どうやら、人間界で人気の『転生』の話をしているみたい。
こっそり聞きながら、お兄ちゃんを見る。
お兄ちゃんは、少し顔をしかめていた。
「お兄ちゃん?」
「まずいかも」
お兄ちゃんは、真面目な顔で言った。
「『転生』がここまで浸透してるとは思わなかった。ちょっと危ないな」
「……人界書の影響を受けすぎてる?」
「うん」
本の影響は、かなり大きい。
それに支配されてしまうと、厄介なことになる。
加えて、異文化である人間界の書物ときた。
これは危険な香りがする。
「少し人界書を減らすか。分からない程度に」
「うん、そうする」
人間界と魔法界。
この二つは、交わらないことで世界の均衡を保っている。
それが壊れたら、世界は崩れていってしまうのだから。
「あー、売り上げが落ちちゃう」
「けっこう売れてたからな。残念」
「これは慰めが必要だよ。お兄ちゃん、クッキーとパウンドケーキが食べたい」
「強欲になりすぎだろ」
こうして、建国祭はゆっくりと朗らかに過ぎていく。
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