第22話 転生【ソレイユ書房】
物語は、人に影響を与えることもある。
それは魔法界でも同じ。
読んで、ハマって、どんどん深く読んでいくうちに、いつの間にか沼に落ちている。
いつか、手遅れになることも。
それが進むと、魔法界と人間界の均衡が崩れることだってある。
だから、わたしたちは気を付けなければならない。
お客さんがひと段落ついた頃。
わたしは、導き書からある一覧を呼び寄せた。
きらり。
魔力が導き書に伝わって、特定のページが開かれる。
そこには、『
いつもだったら、魔法界の出版社や人間界の出版社からの指示で抜取表が作られている。
しかし、今日は別。
お兄ちゃんが『転生』に関わる人界書をピックアップしてくれて、それらを抜き取るのだ。
「多いかも」
転生思想が強く書かれた本、転生することが良いことだと思われている本。
その他多くの本が、抜取の対象になっていた。
「確かに、危ないね」
転生は、全てが良いものではない。
少なくとも、転生者は前世への未練が残る場合が多い。そして、その舞台は『魔法がない世界』から『魔法がある世界』への転生だ。
この二つの世界は、『人間界』と『魔法界』と捉えることができる。
転生は、物語だ。
実際に起きることはない。
ただ、それを可能としてしまう研究が為されたら。
魔術研究者たちが、精霊などを召喚する魔法を、『人間』に差し替えたら。
作られた物語は、意思を持ってしまうのだ。
できなかったことが可能になって、世界が入り混じる。
それは避けなければならないことなのだ。
それくらい、物語に引き込まれる。
「これとこれと、あれもか」
対象の本を、店全体に魔力を広げて探し出す。
そして、探した本を浮かせて引き寄せる。
本たちは、ぱたぱたと鳥のように羽ばたいてきて、カウンターに積み上がった。
「これで全部かな」
数をきちんと数えて、木箱に詰めようとしたとき。
「ごきげんよう」
鈴のような声が、店内に響いた。
*
「ごきげんよう」
そんな声に振り返る。
陽を背に立っていたのは、頭に煌めくティアラを載せた者だった。
「あら、アリア王女殿下。ご来店ありがとうございます」
輝く金髪。柔らかな春の空のような瞳。ティアラは、サファイアが煌めく。
このシャルディア王国の第一王女だ。
ちなみに、この国には王子が二人いる。その末っ子であるアリア王女は、たくさん可愛がられてはいるものの、しっかりとした性格で国民からの支持も厚いのだ。
「ふふ、そんなかしこまらないで」
そんな非の打ち所がない王女様には、一つだけ欠点がある。
それは……。
「また脱走してきたの?」
「当たり前ですわ。そうでもしないと、お兄様たちにお人形にされますもの」
二人の兄王子から溺愛されている末っ子王女。
そんな重い愛から抜け出すように、アリア王女はよく脱走しているのだ。
脱走先は、わたしのところ。
父国王も把握している場所で、且つ王女と並ぶほど稀有な地位にいるわたしだからこその場所だから。
それを知っている国民はいつも微笑ましく眺め、王女が一人で街に出てきたときには声をかけない。治安が良く、争いごとがないこの国だからこそできることなのだ。
「それで、何をしているんです?」
アリアは、王女としての威厳を消し、友人として話しかけてきた。
わたしは思わず笑いそうになりながら、事の説明をする。
「本の抜取よ。『転生』ものが危ないからね」
「危ない?」
「そう。人間界は『転生』ものが大人気なの。魔法界でもけっこう人気が出てきたんだけど、それを現実とリンクさせてる人が増えてきてね」
「……なるほど。だから、あぁなってるのですね」
アリアは、店の外を指さした。
店から出て、外を見る。
そこには、通りを歩く女性たちが楽しくおしゃべりをしていた。
「お隣に引っ越してきた奥様、色々なことに詳しいのよ。もしかしたら転生者かも」
「ありえるわね」
ベンチに座って、お昼を食べている青年たち。
「転生ってすごいよな。死んだら、違う世界に行けるんだぜ」
「人間は想像力が飛びぬけてるよ」
道端に寝転がる猫に話しかける、魔法学校の生徒。
「君、いつも僕を助けてくれるよね。もしかして、前世の記憶があるの? 転生したの?」
街中に溢れる、『転生』という言葉。
きっと、その言葉に何が込められているのか分からないで使っているのだろう。
転生は、人間が考えた理想で夢のもの。
誰もが憧れるけど、絶対に叶わないことだってどこかで理解している。
だから、転生物語は人気で、夢を見るために買い求めるのだ。
それなのに。
「人間は、魔法が使えないから『転生』というものに憧れても実行などしない。憧れは憧れのまま、物語を第三者として読む。ただ、こちらでは違いますわ」
アリアは、大きくため息を吐いた。
「魔法は、転生を実現しようと思えば実現できてしまう。憧れを、実行することができてしまうのです。そこが、違いですわね」
「そうだね」
転生の方法が書かれた物語だってある。
でも、それは書いた作者の『創造』であって、現実ではない。
人間には実現不可能だから、その世界は成り立つ。
しかし。
魔法界は、それが実現できてしまう。
魔法は自分で作り出すことができる。誰かが『転生の魔法』を作り出してしまったら、いつか転生が実現してしまうかもしれない。
そうしたら、人間界と魔法界の存在が危うくなる。
人間界では、人が消失する。
魔法界では、異界の者が現れる。
魔法界は、人間が入ってはいけない場所。
人間の高度な知識が、魔法の発展に大きな影響をもたらすから。
人間界は、魔法使いが入ることが秘密裏に許可されている。
ただ、その正体は隠し通さなければならない。バレたら、罰が待っている。
魔法界は人間界の存在を知っている。けれど、人間界は魔法界のことを知らない。
それが、人間界の神と魔法界の女神が決めた制約なのだ。
「王室でも、対策を立てていますわ」
呆然と街を見つめていたわたしの肩に、アリアがそっと触れた。
隣に立って、優しく微笑んでくれる。
「だから、安心しなさい。貴女たちの立場が危うくなることはありませんわ」
「……お兄ちゃんを、守ってくれる?」
「えぇ。ヒナタを傷つけることはありませんわ。だから、」
そう言って、アリアはわたしの手を取った。
「それはやめなさい。ヒナタも傷つきます」
いつの間にか、握りしめた手に爪を立てていた。
それをアリアが教えてくれたことで、はっとする。
「ごめん、お兄ちゃん」
きっと、お兄ちゃんの手にも同じ傷ができているだろう。
それを撫でると、アリアが手を重ねてきた。
すると、アリアの手から白い光が溢れだす。
「とにかく、」
アリアは、治癒魔法の使い手。
傷は、あっという間に塞がる。
「貴女は大好きな『転生物語』でも読んで、リラックスしなさい」
「え?」
「どうせ、抜取したものから気に入った本を買うのでしょう?」
……当たりだ。
読みたくなった本は、後で買うために違うところに避けていたのだ。
さすが、友人。行動が読まれている。
「後はこちらに任せなさい。お兄様たちにやらせますから」
「まさか、いつもみたいに?」
「えぇ。お願いポーズに上目遣いで『お願い』って言えば、あんなお兄様たちなんてちょろいですわ」
あぁ。末っ子王女に逆らえない兄王子が見えた気がするよ。
ほんと、この国の王家の男子は、妹に甘いんだから。
わたしが笑うと、アリアも笑った。
きっと、大丈夫。
アリアがいるし、妹バカ王子たちもいるから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます