第20話 異世界グルメ
「やぁ、アオイちゃん」
ある日のお昼終わり。
お昼休憩が終わり、入り口にお店再開の看板を出そうとしたときだった。
声をかけられて振り向くと、そこには行きつけの食堂のご主人がいた。
「あ、ご主人さん」
「これ、アオイちゃんにって思って」
ご主人が差し出した、白い箱。
中を見てみて、と促されてぱかりと開ける。
そこには。
「うわぁ、かわいい!」
並んでいたのは、ヒマワリの形をしたパンケーキだった。
こんがりキツネ色に焼かれていて、たっぷりと蜂蜜がかかっている。
傍にはホイップクリームも添えられていて、今すぐ食べたいくらいおいしそうだった。
「あと、これも」
もう一つ、箱を渡される。
そちらはアップルパイだった。
黄金のリンゴが入ったパイは、見るからにおいしそう。
さっきお昼を取ったばかりだけれど、デザートは別腹。なんでも入っちゃう。
「どうしたの、急に」
聞くと、ご主人は困ったように笑った。
「アオイちゃんの力を借りたくてね」
「……なるほど。新しい料理とかデザートとかが思い浮かばないってことね」
「あぁ。うちは古くからやってる老舗食堂だから、味が決まっていてね。飽きたってお客様がちらほらいたりするんだ」
ご主人の食堂は、何代も前から続くお店だ。
魔法界では寿命が長いから、人間界の老舗とは年数が違いそうで怖いけど。
老舗だからこそ、新しい味にも挑戦したいというのがご主人の相談だ。
「レシピ本は?」
レシピ本を何冊かピックアップし、魔法で棚から引き寄せる。
カウンターに置かれた本を見て、ご主人はうーんと項垂れた。
「この辺りの本は読み尽くしたよ。でも、どれもうちの味になってるんだ」
「そっかぁ」
魔法界で有名な料理研究家の本、王宮料理長の御用達レシピ本。
どれもかれも読んでいて、特にこれと言った収穫はなかったのだそう。
と、そのとき。
通信用の水晶が、通知を知らせた。
ご主人に断りを入れて、水晶に魔力を注ぎ込む。
通知の相手は。
『異世界グルメ系の本、入ったからそっち送るね』
お兄ちゃんからだった。
そう言えば、王宮騎士のアランから注文が入っていたっけ。
人間界で人気の、異世界グルメファンタジー。
それを、お兄ちゃんに頼んでいたんだ。
ん?
お兄ちゃん?
「……そうか、お兄ちゃんだ!」
良いことを思いついた!
*
「うわ、おいしい」
ソレイユ書房のバックヤード。
お店が終わった頃にもう一度ご主人に来てもらって、応接セットに揃った。
気を遣ってくれたご主人が、軽く食べられるものを用意してくれたので大満足だ。
わたしの隣では、人間界から呼び寄せたお兄ちゃんがデザートのアップルパイを食べていた。
「ご主人のが一番好きだよ」
「嬉しいよ。ヒナタくんはアップルパイ好きだよね」
ご主人はにこにこしてお兄ちゃんを見ている。
お兄ちゃんは、普段あまり食べない。
けど、ご主人の料理は大好きで、昔からよく食べている。
それを知っているから、ご主人もわたしもなんだか嬉しかった。
「それで、新しい味だっけ」
紅茶を一口飲んで、お兄ちゃんはご主人を見る。
そう、お兄ちゃんを呼んだのはこのため。
人間界には、魔法界にはない料理がたくさんある。それを教えてくれるようにと頼んだんだ。
「うん。こっちの世界の人があっと驚くようなものを作りたくてね」
「あっと驚くようなものね……」
考えながら、お兄ちゃんはくすりと笑った。
「僕、ご主人がレシピ本出したら買うかも」
「え?」
「ご主人の味、大好きだから。──っていうのはどうかな」
そう言って、お兄ちゃんは何かを差し出した。
テーブルの上に置かれたのは、あるレシピ本。
書籍の紙質などから見るに、これは人界書だ。
「これ、『魔女と行く、異世界グルメの旅』っていう本のレシピ本なんだ。本の中に出てくる料理を、実際に作ってみるっていうやつ。今、人間界じゃこういう本も売れてるんだよ」
確かに、この手のレシピ本は売れる。
通常、レシピ本は料理をされる方がメインで買われて、購買層もそのあたりだ。
けれど、このように人気ライトノベルや小説の中に出てくる料理を、実現するための本というのも人気が出てきている。
料理をするきっかけにもなるし、なんと言っても物語世界を自分で楽しむことができるんだ。
「人間界だと、『こっち』が異世界だ。でも、魔法界からすれば人間界が異世界でしょ? 『異世界が考えた、異世界グルメ』みたいに銘打って、メニューを追加するのはどうかな?」
つまり、『人間界』が考えた『魔法界』グルメ。
人間界は、こちらの世界のことを知らない。
それなのに、人間は魔法界のことを想像して物語を創る。
その発想力を本場で実現したらおもしろいんじゃないか、とお兄ちゃんは言いたいのだ。
「なるほど」
ご主人は、レシピ本をぺらぺらと捲った。
そして、あるページで立ち止まる。
「な、なんだこの『はんばーぐ』というものは! ステーキじゃない肉料理があるのか!」
「そう言えば、魔法界にハンバーグってないね」
「人間界ならではのものだからな」
さまざまな発見があったのだろう、ご主人の目がどんどん輝いていく。
最終的には、レシピ本をぎゅっと抱きしめてしまった。
「この本、買い取らせてくれないか!?」
「それは僕のですから、中古になりますがそれでよろしければお譲りしますよ」
「構わん! ヒナタくんありがとう!」
ご主人は、ぶんぶんとお兄ちゃんの手を上下に勢いよく振った。
「ヒナタくんの案をいただくよ! もちろん、タダじゃない。次にお店に来てくれたときは、お代は構わんからな!」
「それは嬉しいです。ありがとうございます」
お兄ちゃんは、嬉しそうに微笑む。
最後にお兄ちゃんを抱きしめたご主人は、軽快な足取りで去っていった。
「手助けはできたのかな?」
「さすがお兄ちゃん。すごかったよ」
お兄ちゃんを呼んで正解だった。
わたしは、大満足でご主人を見送るのだった。
「ところでお兄ちゃん。私物の本を譲るのって珍しいよね」
「そうか?」
「もしかして、自分が食べたかったんじゃ……」
「うるさい」
ご主人の食堂の新メニューに、二人がより常連になるまであともう少し。
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