第6話 人界書

 ソレイユ書房には、『人界書じんかいしょコーナー』というものが存在する。

 この世界ではなく、異世界である人間界で書かれた本たち。人間界の作家が紡いだ物語が本となって、ソレイユ書房に入ってくる。そのためのコーナーだ。


「異世界物語っておもしろいな」


 そう言って来店したのは、王宮騎士団のアランだ。

 普段は鎧を着て、剣を持ってこの国を守ってくれる騎士団の一員。

 でも、有給の日はこうやって本を読むことに明け暮れる『文学青年』だった。


「異世界物語にハマってるの?」

「おう。俺たちの世界にはないことが書かれていてな。もし、自分の世界にもあったらって考えるとなんだか楽しいんだ」


 人間界に旅行に行くのは、この魔法界では人気なこと。

 ただ、騎士であるアランは旅行に行くだけの休みを取ることができない。

 そのため、物語世界に没頭することで異世界を楽しんでいた。


「今はこれにハマってるんだよ」


 そう言ってアランが見せてくれたのは、『異世界で学生をやってます』という本。

 作者は魔法界の者で、とても人気な作家だった。


「魔法界から人間界に飛ばされて、戻れなくなっちゃった奴が主人公でさ。魔法がない世界で、学生生活を始めるんだよ。魔法がないのに、ここ以上に楽な生活しててびっくりしたって訳だ」

「なるほどねぇ。人間界は、便利なものが多いから」


 自動ドア、水洗トイレ、スマートフォン。他にも、テレビやエアコン、LEDまで。

 人間は、魔法がない代わりに色々なものを生み出した。

 魔法がなかったからこそ生まれた、文明の利器なるもの。

 人間界は、ある意味で魔法界よりも優れていると思うんだ。


「本当にすごいよな。魔法がない暮らしなんて、考えられねぇ」

「そうね。それに、もう人間界には騎士はいないしね」

「え、いないのか?」

「えぇ。代わりに警察とか自衛隊がいるの。日常から鎧と剣を携えている人は、逆に怪しまれるね」


 魔法界と人間界は、ここまで違う。

 それでも、お互いの世界は自分たちの特性を生かして発展してきた。

 だから、どちらかの世界に優劣をつけるなんてことはできないんだ。



 *



「お、『えれべーたー』が来たぞ。乗ろう」


 お昼休み。

 今日は食事にもなるワッフルを買いに行こうと、店を出る。

 大通りに沿って歩き、顔見知りのご主人のワッフルを屋台へ行く。

 そんなときだった、わたしが歩く前で子どもたちが遊んでいるのを見たのは。


「はーい、では上にまいりますー! 『ぼたん』を押しまーす」


 魔法を使っているところを見ると、どうやら魔法学校の低学年のようだ。

 子どもたちが使っているのは、古いベニヤ板。それを二枚立てて、『エレベーター』のドアに見立てている。

 そのドアは、どうやら風魔法で開け閉めができるらしい。そのエレベーターに一人の子どもが乗り込み、ボタンを押すふりをすると、他の子どもがその子を少し持ち上げるのだ。

 人間界では絶対見られない、魔法を使った子どもたちの創造遊び。

 エレベーターがこんなにも楽しい乗り物になっていることがなんだか微笑ましくて、わたしは思わず見入ってしまう。

 すると。


「子どもたちの遊びっておもしろいだろう」


 ワッフル屋台のご主人が、顔をのぞかせて笑った。


「俺らが思いつかないようなもので、魔法を使って遊ぶんだ。これもきっと、アオイちゃんの本屋の影響だな」

「あら、そう言われるのは嬉しいな」


 異世界の本を読んで、異世界にしかないものに魅了される。

 その憧れは、『遊び』として変換され、こうして創造遊びが膨らんでいく。

 そんな循環は、魔法界でも人間界でも同じような気がした。


「人間界だと、魔法が憧れの対象なんだけどね」

「人間もこうやって遊ぶのか?」

「そうね。魔法があるように仮定して、魔法使いになった気分で遊ぶのよ」


 そこまで言って、ハッとした。

 人間が、子どもの頃に必ず通るであろう道。

 それは『廚二病』である。

 魔法に憧れたり、自分にだけ見える精霊がいると言ったり。

 それらは、魔法界の子どもたちがエレベーターに憧れるのと同じなのではないか。

 なのに、人間はそれを『廚二病』と呼ぶ。

 不思議だ。


「人間って不思議ね」


 そんなことを考えている間に、ご主人はワッフルを作ってくれていた。

 メイプルとホイップ、フルーツがたくさん乗ったワッフルが目の前に現れる。

 さすが、ご主人。常連の好みをしっかり把握してくれている。


「想像力が豊かなんだな。俺らは、魔法でなんでも解決しちまうから」


 魔法がない世界だから、培われた想像力がある。

 その想像力が、文明の利器へと繋がっていく。

 魔法界では、そんな世界を『異世界』と呼んで楽しんでいるのだ。


「はい、アオイちゃん。また来てな」

「うん。ありがとう!」


 ワッフルを受け取って、帰路を辿る。

 途中、おいしそうな香りに負けて、一口かじった。


「おいしい」


 おいしいという感情は、きっとどの世界でも変わらない。





「っていうことなの。お兄ちゃんもあったよね、廚二病」

『うるさいな』


 休憩時間が少し余ったから、お兄ちゃんのパソコンに通信を繋いだ。

 既に休憩を終えていたらしいお兄ちゃんは、じっとりとわたしを睨んでくる。


『いつの話だよ。人の黒歴史を掘り返すんじゃない』

「いいじゃん。風の魔人に襲われるって言ってた頃が懐かしくてさ」

『うわ、やめろ! 恥ずかしい!』


 人間界で行われる魔法界の真似っこ遊び。

 魔法界と違うのは、真似する対象のものの存在が明らかになっていないこと。

 人間界では、魔法が存在すると考えられていない。

 でも、魔法界では人間界の利器の存在は知られている。

 そこに、子どもたちの遊びの差異が生まれるんじゃないかって思うんだ。


『不思議だね。こっちじゃ廚二病って言われるのに、向こうじゃそれが当たり前なんだ』

「世界が違うからこそなんだろうなって思うよ」


 そんなに創造力が豊かなら、スマートフォンとかも作れそうだよね。

 でも、それはきっと人間だけが持つ能力なんだ。

 魔力を持たない人間が生み出した、魔法を上回る力なのだから。


「そういえば。お兄ちゃんは昔、作家になりたいって言ってたじゃん? このこと書けば、魔法界で売れるんじゃない?」

『そうか?』

「わたし以上に、魔法界と人間界について知ってるからいけるよ。書いたら言って、一番に読みたい」


 お兄ちゃんの物語。

 それは、双子の妹であるわたしが一番に読む権利があるんだ。絶対!


『……ただ僕の廚二病の話を読みたいだけだろ』

「あはは、バレた?」

『分かりやすい。絶対読ませないから』

「ごめんって。お兄ちゃんの夢は応援したいからさ」


 こんなに可愛い妹のためなら、書いてくれるよね!


 後日。

『魔法界でのごっこ遊びは、人間界では廚二病と呼びます』が異例のヒットとなった。


「お兄ちゃん、最高!」

『最悪だよ』

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