第7話 白鳥便【向日葵書店】

「こんちわー! 白鳥便でーす!」


 店内に、明るい声が響く。

 僕は、パソコンから目を離して立ち上がった。


「いつもお世話様です、リリアドさん」

「こちらこそ、いつもありがとうございますっ!」


 自動ドアが開いたところに、一人の青年が木箱と共に立っていた。

 白鳥便は、向こうの世界の宅急便。『天族』と呼ばれる、大きな翼を持った種族が営んでいる。彼らはその翼を活かして、二つの世界を横断して荷物を届けてくれるのだ。


「ソレイユ書房からっすね。木箱二つになりますー!」


 そんな天族であるリリアドは、金髪で栗色の瞳をした小柄な美青年だ。一見、子どものように間違われるが、長生きの天族の彼らの年齢は人間を優に超えている。

 リリアドもかなりの年上のはずだけれど、その話し方は日本の若者そのもの。二十歳くらいの青年に見えるおかげで、実年齢が麻痺しそうだった。


「ありがとうございます。箱はいつもと同じようにお願いしてもいいですか?」

「もちろんっす!」


 魔法界らしく、荷物は木箱で送られてくる。処分に困ってしまうから、いつもリリアドさんに持って帰ってもらうのが通常になっていた。


 ……段ボールだといいんだけどね。ゴミの日に『木箱』なんて項目はないから、捨てられない。一度、試しに粗大ごみの日に木箱をこっそり出してみたことがあった。そしたら、近所で大きな話題になってしまって。一週間も盛り上がってしまったから、それからは出さないようにしている。


「あ、リリアドさん。これ、よかったらどうぞ」


 木箱を開けようとして、はっと思い出す。

 そうだ、あれを渡そうと思っていたんだ。

 カウンター内に戻って、バックヤードに入る。そこの冷蔵庫からとあるものを出すと、店内に戻った。

 そして、持ってきたものをリリアドさんに渡す。


「これ、なんすか?」

「パックのカフェオレ。ほら、前に飲んでみたいって言ってたから、用意しておいたんです」


 向こうの世界にはない、コーヒーという飲み物。それに加えて、人間が作り出した『紙パック』というもの。この二つが融合したものを、リリアドさんは人間界の雑誌を読んで知ったらしい。

 それを、リリアドさんのために買っておいたのだ。


「うおぉ! これが例の『かふぇおれ』! いただきます! ……どうやって飲むんだ?」

「そこのストローを袋から出して、上の差し込み口に差してみてください」

「え、ここに……? えぇぇ! すごい!」


 僕たちにとって当たり前の飲み物も、向こうの世界の人から見たら異世界のもの。

 驚きに目を輝かせるリリアドさんを見て、買ってよかったと微笑む。


 甘い、けどしっかりとした苦味もあって……!


 完璧な食リポを熟していくリリアドさん。

 このキャラだし、もしかしたらタレントになれるかも。

 そんなことを想いながら、木箱を開ける。

 中には、書籍がずっしりとつまっていた。よくもまぁ、こんなパズルみたいに綺麗にフィットさせてつめたものだ。

 葵の技に半分感激しながら、書籍を取り出していく。


「『悪役令嬢になりたいのなら、まずは愛する者の側室を狙いなさい』か……。これ、年齢制限付けた方がいいかな」


 魔法界で作られた本も、魔法書として店頭に並べることはできる。ただ、人間のお客様が買われるときには十分に注意して、『シャイニー社という出版社からの……』という説明をきちんとしなければならない。

 なにせ、人間界では魔法界のことは知られていないから。

 

「ごちそうさまです!」


 書籍を全てカウンターに出し終わった頃、リリアドさんのカフェオレもなくなったようだった。

 満足げに紙パックを眺めているリリアドさんは、本当に少年のように見えて可愛らしい。

 実年齢的にはかなり先輩だから、そんなことは言えないけれど。


「満足していただけてよかったです。書籍は全部取り出したので、木箱の方よろしくお願いします」

「りょうかいっす!」


 紙パックは、こちらで捨てるためリリアドさんから受け取る。

 リリアドさんは、木箱を二つ抱え上げた。

 力持ちな上に、天族ならではの美しさ。この美貌は、真似できないところがある。


「また来ます!」

「よろしくお願いします!」


 天高く飛び上がって去っていくリリアドさんを、太陽を眩しく思いながら見送った。



 *



 リリアドさんが去って、残ったのは大量の書籍。これを、今から処理していくのだ。

 在庫管理や発注を担っている、向日葵書店だけのサイト。普段は仕入れ登録をするけど、今回の書籍たちはソレイユ書房からの移動になるから登録はいらない。

 まずは書籍をジャンル別に分けて、それぞれ積み上げる。商品になるから、一冊ずつ丁寧に。

 取り寄せの書籍があったから、それは透明な袋に綺麗に入れて、取り寄せ用の棚に置く。

 その他は、棚差しだ。


「さて、と」


 まずは、魔法書から。

 魔法界の学者たちの書いた本は、一般的に『魔道書』と呼ばれることが多い。

 魔法学だったり、召喚学であったり、人間界では学問として認識されていないものが多く存在している書物。

 ただ、特定の魔力を有する人にしか売れない書物がある。魔力が低い人が、高度な魔術を無理に行うといけないため、本の購入にも規制がかかっている。

 それを見極めるのが、あの魔法石。

 ファンタジオロジーの本棚の魔法石に触れると、その人の魔力量から購入できる魔導書が、棚に姿を現すというからくりだ。

 ちなみに、この前来店した光本さんは、高度な光魔法を操る魔女だ。買っていかれた『古代魔術における禁術について』は、魔導書になる。


「これは、ここでいいよね」


 魔法界の作家たちの書いた本──つまり魔法書──は、また別。魔力関係なく購入することができるし、人間も『本に呼ばれた』ら買うことができる。そのため、売り上げの様子を見ながら、ファンタジオロジーの棚か一般文芸の棚かを決めて棚差しをしていく。


 本の香りに、店内に漂う木の香り。

 夕陽のあたたかな光は、店内を橙色に染め上げる。

 青春物語の一シーンに出てきそうな、書店の雰囲気。どこか懐かしさを感じるこの風景が、僕は大好きだった。



 ──場所が変わっても、書店は変わらないから。



 棚整理が終わる。

 全ての書籍を棚に入れ終わると、次は取り寄せしているお客様への連絡。預かっている電話番号に連絡を入れ、商品が入ったことをお知らせしていく。

 そんなこんなで、書店はゆっくりと時間が過ぎていく。


「お兄ちゃん!」


 書店のゆるやかな時間は、一人の声によって色が変わる。

 僕の片割れであり、この人生においてなくてはならない存在の声が、店内に響き渡った。


「なんだ、葵。急にやって来て」

「店舗視察に来たよ!」

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