第5話 魔法書

 一般の書店には置かれていない本、それが『魔法書』。

 魔法書の中には『魔道書』という分類もあるのだけど、人間が買うことができるのは魔法書だ。



「ねぇ、日向さん」


 土曜日のお昼過ぎ。

 声をかけてきたのは、つい先ほど来店した木村さんだった。

 すらりと身長が高くて、長い髪を一つにまとめている凛々しい女性。

 普段は看護師で、こうして時間があるとここに寄ってくれていた。


「この本、見たことのない出版社なんだけど。どこの?」

「あぁ、それですね」


 木村さんが持っている本の出版社は、『シャイニー社』というところ。

 普通、どこの書店に行っても置いていない出版社だ。

 普通の書店には。


「実はそれ、ここに直で入ってくる本なんですよ」

「直で?」

「普通は、出版社と書店を繋ぐ会社を通って、本はここに入ってくるんです。でも、シャイニー社はその会社を通らずに、この店にだけ入ってくるんですよ」

「へぇ」


 木村さんが見ている本は、『新米魔法科医~新米だからわかること~』というタイトルだ。

 看護師だからこそ、彼女は惹かれているのだろう。

 文芸書のそれをじっと見つめたまま、棚の前で静止している。


「本が、木村さんを呼んでいるんですね」


 その姿を見て、思わず口に出した。

 本は、人を魅了する。

 表紙、タイトル、中の文章。それが、人の中にある『何か』に引っかかったとき、人はその本に強く惹かれる。

 そのことを、僕と葵は『本が呼んでいる』と言っていた。


「なんだか、文章も何もかもが綺麗で。読んでみたいって気持ちがすごいんです」

「なら、その本をお迎えしてあげてください。きっと、木村さんにとって大事なことが書かれていますよ」


 それに、この本は他の書店では巡り合うことはできないから。

 小さく付け足すと、木村さんは決心したように顔を上げた。


「うん、買います。お願い」

「ありがとうございます」


 手渡された、文芸書。

 レジを通す『ふり』をして、タイトルをパソコンに打ち込む。


「千六百五十円のお買い上げになります」

「今日もいい買い物をしたわ」


 代金をぴったり出した木村さんは、清々しい笑顔で本を受け取った。

 木村さんは、大好きな本を買うときも慎重だ。

 本当に自分が求めているのか、本当に欲しいのか、そんなことを自分にじっくり語りかけてから購入を決める。

 だから、彼女の買った本は、彼女の中で価値がぐんと上がるのだ。


「またのご来店をお待ちしております」

「はーい。また来ます!」


 木村さんは、幸せそうに去っていった。



 *



「やっぱり、売れるもんだなぁ」


 木村さんの次にもう一人、シャイニー社の本を買われていった。

 そのタイトルを売り上げとして管理してから、すっくと立ち上がる。

 向かうのは、文芸書の本棚。

 売れた本が入っていたところは隙間ができるため、そこを重点に整えるのだ。


「意外と目に留まるんだ」


 僕の店では、出版社別ではなく、作者順に本を並べている。

 出版社ごとの方が見やすいっていうお客様もいるけど、これは変えられない。

 なぜなら、『シャイニー社』を紛れ込ませるためだから。



 シャイニー社。

 この出版社は、現実には存在しない。

 では、どこの出版社なのか。

 それは、魔法界の出版社である。



 この出版社の本は、魔法界の者に限らず、人間界の人も買うことができる。

 理由としては、魔法界の学術書ではなく娯楽としての物語本だから。

 物語は自由だ。

 人間界と同じように、魔法界にも物語を書く作家が多数存在する。

 そんな彼らの本を、『シャイニー社』という人間界の出版社のように偽装して、文芸書や文庫の棚にも置いているのだ。


「もう少し、紛れ込ませよう」


 紛れ込ませているのは、大々的に売ることができないから。加えて、この本たちの真実を、人間に知られるのはタブーだから。

 この本たちは、見つけることができた人間だけが買えるもの。

 つまり、『本に呼ばれた』ら買うことができるのだ。


 ちなみに、当たり前だけどシャイニー社にISBMなどのバーコードはない。

 そのため、自分でタイトルを打ち込んで管理しなければならないのだ。






「『本に呼ばれる』って、素敵な表現だな」


 夕方、来店されたのは風見さんだった。

 老紳士な格好は、いつ見てもかっこいい。まるで、英国の物語に出てくる人みたいで、僕の昔からの憧れだった。


「それは、魔法書だけなのか?」

「人界書も同じですよ。どの本に限らず、自分のことを呼んでくれる本は存在するんです」


 本屋に行って、棚を見たとき。

 ものすごく惹かれる本に出合うことが、たまにある。

 読みたくて、その世界に興味があって。

 買わずに帰っても、頭の中にはその本がずっと残っていて。

 次の日、やっぱり買おうと決意して本屋へ行くのだ。


「ロマンティックなようで、ファンタジックな表現だな」

「風見さんに言われたくないですよ」

「ほっほ、それもそうか」


 風見さんは、『向こう』でトップを争う風の魔法使いだ。

 王宮魔術師を務めていたこともあって、彼の実績は並々ならぬもの。

 そんな風見さんは、春のおだやかな風のように笑った。


「では、この本を買っていこうかな」


 風見さんがカウンターに置いた本は、日本人なら誰でも知っている文豪の本だった。

 淡い色の表紙に踊ったタイトルは、まさしく風見さんが好むようなもの。

 本は、その人のことを一番に分かってくれているのだ。


「いいですね。この文豪の作品は、どれも言葉選びが綺麗なんですよ」

「『本に呼ばれた』からな。ぜひとも読みたいと思ったんだ」


 お代を出しながら、風見さんは柔らかく微笑む。

 この、本を購入する瞬間。

 お客様は、必ずにこやかに微笑んでいる。そして、なぜ自分がこの本を買うのかについて話してくれる。その瞬間は、とてもおだやかで居心地がいい。

 だから、僕はここに立つのが好きだった。


「またいらしてください」

「あぁ。必ず」


 風見さんは、風に乗って去っていった。

 あとに残された風は、どこか安心する自然のいい香りがした。

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