ゾンビに本当に会いたくない。

 ド級優等生の瞬木判またたぎわかりはこんな時でも避難経路をまもっている。

 大庭は歩きながらこちらをちらりと振り返って言った。


「落葉君、『おはしも』を守るんだよ。」


「え、『おはしも』?瞬木ー、なんだっけ?」なんか小学校のころに習った気がする。上靴のまんま運動場に出れるのは避難訓練だけだったよな。


「落葉は小学校で習うことすらわからないのね。かわいそうに。

 『おはしも』は避難時のお約束よ。『おさない』、『はしらない』、『しゃべらない』、『もどらない』ね。」


「あ、俺は『おかしも』だったわ。」


 大庭は笑いながら「どっちでもいいけど、守るべきことは同じだよ。」と言い、口にハンカチを当てた。

「口にハンカチは火事の時だろ。」


「そんなつまらない話はどうでも良いの。落葉、ここに入りなさい。」と瞬木はドアを指さした。


「化学準備室?なんの用だよ。」といいつつ、中に入る。

 化学準備室といえば、実験する道具がたくさん入ってる教室だよな。ビーカーとか。薬品とか。ん?薬品……?


「ま、まさか!ゾンビから人間に戻す薬でもつくるのか?!」


「ふふ、落葉君は妄想が過ぎるよ。」


「そんなものつくれるわけないじゃない。」


 小説とかだとここで全人類を救う物語が始まるのに。しかし、ここで変なテンションになると体育館作戦の二の舞だ。あいつら、元気にやってっかな。ちょっと悪いことしたな。いつか墓参り行くからな。


「じゃあ、何するんだ?」というと、瞬木は『塩化ナトリウム』と手書きで書かれた紙が貼られた瓶を手に取った。


 大庭は何かひらめいたように瞬木に尋ねた。

「判君、塩化ナトリウムということは食料を集めるということかい?」


さすがの俺にもわかる。塩化ナトリウムは塩だな。


「そうね。ショ糖、つまり砂糖とかの調味料が欲しいわ。このエコバッグに入れておきましょう。」瞬木が小さな布を開くと大きなバッグになった。たくさんものが入りそうだ。


「エタノールもあるぞ!」「いらないわ。」「アンモニア溶液だ!!」「ちょ、近づけないで。」


 エタノールとアンモニアをばれないようにこっそりエコバッグにいれた。


 ---


「な、なんで。俺がこのバッグ持ってかなくちゃいけないんだよ!!」


「落葉、あなたエタノールとアンモニアいれたでしょ。」「すみませんでした!!!」


 キーンコーンカーンコーン、とチャイムが静かな廊下に響いた。


「ふむ。そういえば、とても静かだね。」と大庭がつぶやいた。

 いわれてみれば、さっきまで聞こえていたゾンビのうめき声やら足音が聞こえなくなった気がする。


 先を歩いていた瞬木が勢いよくこちらを振り返り、言った。

「落葉、ゾンビたちは生前の行動をマネするってネットに書いてあったのよね。」


「ああそうだよ。」


「つまり。今ゾンビたちは授業中なのよ。」


「はあ?」ゾンビが授業?絵面は馬鹿げているが、言われてみればたしかにネットの情報によるとそのはずだ。


「落葉君、判君。今はチャンスということだね。」


「そうね。先を急ぎましょう。」


 ってことは、やっと!学校を脱出できるってわけだ!ってはやぁ!!


「ちょっとまって。」


 お、重い!!!エコバッグの大量の薬品が重い!!!!


「いまゾンビたち授業中なら急ぐ必要ないじゃんかよぉぉ!!!」


 ---


 ということで階段を1階だけ降りて、窓から外に出て裏門に到着。


「まっっったく、危険性を感じなかったな。」


「そうだね、良いことのはずなんだけど、寂しく感じるね。」


「煤之介はまだしも、落葉なんかモブ中のモブだから物語のようにピンチはやってきても、助かることはないでしょうね。」


 瞬木ぃ、許せねぇ。優等生だと思っていたが、とんだ野郎だ。俺はいまからこいつを論破する!

「そんな悪口いっちゃだめって学校で習わなかったの?!」


 瞬木が言い返そうとした瞬間、大庭が間にはいってしゃべりだした。

「まぁまぁ、二人とも、喧嘩はやめてこれからどうするか考えようじゃないか。

 君たちのどちらか、おうちの近い人はいるかい?あいにく僕のうちは少し遠くてね。電車も使えないからどうしようもないんだ。」


「ごめんなさい。私も家は遠くはないけど近いとも言えないわ。」


「俺の家は近いぞ。電車もいらない。歩いて行ける。」


「じゃあ、君の家へお邪魔してもよいかな?」


「おっけー。親もいないからゆっくりできるぜ。」


 すこし決め顔でいうと、大庭は笑顔になって「たすかるよ」と礼を言ってくれた。

 小さな声で「ありがとう」と瞬木のほうからも聞こえた気がする。なんというか育ちの良さを感じる。


 ---


 道中はいかにも静かであった。人も車もいつもなら騒がしい街はいかにも静かであった。その空気にあてられたのだろうか、俺たちはだれも声を発することはなかった。なんだか厳かな雰囲気が出ていて、俺の心の声もかたい文体だ。俺がこんな文体になるのは、中二病発症時以来だ。そしてなによりも言いたいこと。あいつらは道を知らない癖に俺よりも前を歩いているし、友達がいないのもうなづける。


「失礼ね。」


「落葉君の失礼さはこんなものではないよ。」


「うそでしょ......」


「っておい!なんでナチュラルに心読んでんだ!」

 あこがれるじゃないか!!俺も人の声読みたい。そしたら友達も彼女も......!!


「あなた、声にだしていたわよ。その中二病以来の口調が駄々洩れよ。」

 にやりと笑う瞬木。カッチーン!


「やめろおお!!」

 おれは奴の口をふさぐために二人に向かって走った。

 おや?大庭の様子が……。


「あぁ、どうしよう。僕の口調は中二病的ではないか。」


「うん、大庭。的じゃないよ。中二病だよ?」


「ああ。いいではないか。中二病。私は病が好きなのだ。」


 こいつは本物だ。生粋の中二病だ。


 ---


 てことで、俺んち到着。ほんとに5分くらいだね。ゾンビたちに鉢合わせないようになるべく裏道を通ってきたけどそれでも5分くらい。便利地、好立地!!俺んちは、ありきたりな一人暮らし用のマンションだ。部屋は狭いが、ゾンビから隠れることもできるし、とりあえずはここで落ち着けるだろう。俺たちは机を囲うようにして立った。椅子が足りないのだ。


「にしても、誰とも会わなかったな。」


 地図を開きながら瞬木が答えた。

「きっと、避難したか家に籠ってるかでしょうね。」


「うむ。ここらは良い方でもっと都会になったら今の時間でもゾンビであふれかえっているだろうしね。」


「まぁ、WiFiもついてるし、しばらくはここにいようぜ。政府とかが助けてくれるだろ。」


「落葉君、食料はどうするんだい?」


「あ。」


 俺たちはこれから、俺んちを拠点として、このゾンビの蔓延る世界で政府の助けがくるまで待つことにした!!願わくば、もうゾンビにあいたくない!!

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