scenario.3 Träumerei

第19話 視点3-1

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 子どもの頃、月を死後の世界だと勘違いしていた。盲腸だか胃腸炎だか忘れたけれど、救急車で運ばれて、窓の外に浮かんでいた綺麗な月を見て、「ああ、死んだらあそこへ行くんだ」と思ってた。「死ぬう死ぬうお腹痛すぎて死ぬうぅううう」。「いよな大丈夫かあああああ」これはパパ。「死ぬ死ぬ言ってるうちは死なないわよ何でも大袈裟に言うんだからこの子」これはママ。ああでも思ったんだけど救急車に窓ってあるか? 仮にあったとしても目隠しされているんじゃないだろうか。そうなるとタクシーで運ばれたんだったか? といっても過去の記憶なんて幻影みたいなものなので、詳細は定かではない。




 コンセプトカフェ&バー「るなてっく」は今日も大繁盛だった。


 次から次へとお客さんがやってきては飲んで絡んで騒いで帰っていく。ここは一時の非日常。そして今のあたしにとっての日常。


「最近家賃15万のとこに引っ越したんだけどさぁ。駅から遠いって嫁と娘が文句ばっかいうんだよ」


 貰ってる家賃の額じゃなくて払ってる家賃の額自慢する奴なんているのか。オーナーの養分ですよ。


「ええすごいですぅ15万! 遊びに行きたぁい。最近は物価も家賃も上がってて凄いですよ都内は」 


〈信用金庫勤務の40歳くらいのおじさん〉は気を良くして帰っていった。〈ファミレスのキッチンで働いてるシェフ気取りのフリーター〉と〈会計事務所の冴えない事務員〉からの連続接客だったので疲労困憊。待機室に戻ってちょっと休もうとすると、


「彩音さん指名入りましたあのいつもの人」


 ホールに戻ると〈アニメアイコンでTwitterやってそうな大学生〉がいた。前に友達と一緒に来て以来頻繁に来てくれる太客でもある。 


「わぁ! 久しぶりぃ! ってもこの前二週間前だっけ。毎日会ってる気がするよぉ」


 と言うと〈アニメアイコンでTwitterやってそうな大学生〉は露骨に嬉しそうにし、なけなしの塾講バイト代を消費し駅ビルで買ったであろうケーキを差し出してくる。チョイスは微妙だが包装紙はぁ悪くないのでそこを重点的にほめる。


「会えてうれしいです」


「あたしもぉ」


 時給発生しなかったらそもそも会ってないけどな。〈アニメアイコンでTwitterやってそうな大学生〉は気が弱いくせにプライドは高いのか、レポートや単位のことを得意げに話した後、また新しく彼女と友達の中間くらいの女が出来たらしい友人の悪口から入る。あたしは何か頑張って「彩音」が言いそうなことを探ろうとしたんだけど、そのまえに「金澤いよな」が口を開いてしまった。

 

「友達は大切にしな」


 冷たい体温をそのまま照射したような言葉が出てしまった。外は冬。店の空気はしっかりと冷たい。


「家族よりも恋人よりも一番大事なのは友達だよ。友達がいれば。そう……友達は大事に……」



 


 彩音は消え、頼んでもないのに脳内で「金澤いよな」の回想が始まる。


 中学三年生の二学期はじめ。くっそ下らない公立の中学の黴臭い教室。


「えっと、この時期に転校してくるなんて変な奴だなあとか思うかもしれないんですけど変な奴です多分。お父さんが会社やってるんですけどちょっとやらかしちゃって大変なことになるかもしれません。ああ今のギャグですよ破産とか身売りなんてしませんよ。あたしは至って真面な中学三年生で、でも家族はすごいんです。お父さんは社長だしお母さんは家事が凄い上手いしお兄ちゃんは現役T大生で、それであたしはサン〇オ好きなただの中学生です。ピュー〇ランド近くていいですねこの辺。年一で行ってます無料の日に」 


 捲くし立てるように喋ってから「ああ何言ってるんだろうわたし……緊張しちゃって」とか言って蹲って謎の笑いを誘って、それですぐに打ち解けていった。思うが「転校生」というブランドは強い。


 事実変な奴ではあった。空気も読めないし傲岸不遜で、でもそんなところも愛嬌として周囲に受け入れられてしまうような。ある種のカリスマ性があったのかもしれない。中学三年生の岸上加奈には。


「ねえ金澤さんてゲームとかするの」


 運悪く前後の席になってしまい、転校生に話しかけられる。


「え。あ、あ? なんで?」


「筆箱につけてるストラップさ、ゲームのでしょ、あのアイドルの」


 口が上手く回らない。コミュ障って喋るのが下手って言うより「人間関係が娯楽にならない人間」や「人と長期的な関係をきずけない人間」だと思うし中学のあたしはもろそんな感じだったのだけど、天真爛漫でクラスの事情にも疎い転校生の岸上は遠慮なく話しかけてくる。


「ああ、まぁ……アイドルとか、美少女とかそういうの、好き……女だけど変かな」


 今でも嫌いではないとは思う。どちらかと言うと好き。てか二次元三次元問わず可愛い女嫌いなやつっている? ストラップとかキーホルダーって聞かなくなったなあ。アクスタと推しぬい、でしょ。透明なケースに入れて飾るやつ。オタクの透明な顕示欲透けて見えて好きじゃないんだよな。アニメ映画音楽はサブスクで流し聞いてアイドルは廃れて、と冷静に過去を見つめる「金澤いよな」がいる。


「ぜんぜん変じゃないよあたしも好きだよ割と。ゲームするし」


「あ、え、そうなんだ、あたし古いゲームとか好きなんだよね。ポケ〇ンとかドラ〇エとかF〇とかも最新のじゃなくて昔のやつやってる」


 調子に乗って自己開示すると岸上は食いつき、


「あたしお兄ちゃんが結構そういうの好きで。良かったら遊びに来る?」


 あたしは何となく無警戒についていったのだけれど、結果的にこそからの二年弱はあたしに薄汚れた人生の中でも最良の記憶となった。回想終わり。現代に戻る。


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