第20話 視点3-2


 仕事終わり、疲れが堆積した身体にムチ打ちながら繁華街を歩く。客引きの姉ちゃんがうるせえ。現役が思うんだから客からしたらたまったもんじゃないだろうな。よく見ると肌質とかで年いってるの解るし。まあ人のことは言えない。


 焼肉の匂いが漂ってきて空腹に思わず足を止める。夜は客から貰ったケーキしか食べてない。あれが食事代わりだった。


 二十代半ばくらいの社会人カップルが看板の前で同様に足を止めていた。


「あ、肉! あたし焼きたぁい。久しぶりにお肉食べたぁい」女が言う。

「俺はこっちの肉の方が食べたいな」男が言って女の背中の肉をつかむ。


「やんヒョウ君えっちぃ」


 近くで棒立ちのあたしに見せつけるように女の方が身体を捩る。


 ガチで消えろやB級がよ……。公共の場で前戯すんな。 

 こういう顔面偏差値55くらいのカップルが一番粋がるんだよな。自分らのことを青春ドラマか恋愛ゲームの主役だと思ってんだろう。だから周囲をかえりみない厚顔無恥な振舞いが出来るんだ。よくもまあ粋がりやがって。顔面偏差値55の分際で。


「別に飯は後でもいいじゃんヒナちゃん、ね? 」

「え~」

「奢るからさ就職祝いに」

「じゃ、いいよ後で絶対」


 と言ってB級のつがいは夜の街へ消えてゆく。あ、男の方は割かし悪くないね。角度によっては偏差62.5くらいありますよ。女はすっかり上機嫌だ。焼き肉奢ってくれる彼氏とかソシャゲならSRはあるな。まああたしは顔面偏差値70↑あるので嫉妬なんてしませんが。


「なんで疲れるのに休むって言うんだろね」

「知らん。日本人特有の美意識とかでしょ」


 とかB級が言っててちょっとだけ面白かった。


 妨害が入ったが焼き肉の看板へ改めて向き直る。確かめても残高が変わるわけでもないのにスマホの銀行アプリを開く。最新の、振込明細のところ。




(カ)ルナテック  +147,995



  

 一万超えの焼肉は遠い夢だった。





 ホテルの画質の悪いテレビでは競馬がやっていた。ギャンブルとか興味ないのでチャンネルを変えると今度は青春アニメだった。田舎から大学進学を機に上京したヒロインが何故だかわからんが多数のイケメンに言い寄られる内容は陳腐極まりなく、いちいち清純派アピールウザいしもうテニサーにでも入っとけお前って感じだった。またチャンネルを回す、嫌なことから逃げ続ける人生を象徴するかのように。すると今度は交通事故の痛ましいニュースが目に飛び込んできて、もう逃げた先も地獄だね。



 不法行為に基づく損害賠償請求ってのは、交通事故の逸失利益の計算方法ってのは複雑で、とか先程会ったばかりの男はろくに衣服も整えないまま得意げに語る。へえそうなんだすごいね、と返しあたしは服を着る。知識や蘊蓄を披露する≒コミュニケーションだと思ってる男っているよな。有名な法科大学院ロースクールに通っていると自慢話を繰り出す男を無視し足早に部屋を出る。男は間抜けな声を出し追いすがってくる。うっせもう黙れお前今のあたしにとってお前の存在が不法だよ。用は済んだし消えろ。



 気の抜けた炭酸水みたいな日々を送ることに耐えられずに、三年ほど前からアプリで男と会うことを繰り返していた。別に彼氏や結婚相手を真剣に探すわけではなく、何とはなしに気ままに始めた。時給はつかないけれど店の接客よりは楽だし、自分のことをほとんど知らない初対面の相手と話していると何故だか少しだけ気分が落ち着いた。男はほとんどが外れだったが、偶にいいのがいると確保して適当に関係を続けた。


有紗ありさです。はじめまして。23。けど就活ミスって就留中なんです今、やばいですよね」


 メーカーやIT企業に勤める年上の男は大体同じような反応をした。同情と憐憫を含みながら人生訓めいたものを垂れ、先は長いんだからとかまだ若いしとか言う。あたしはですよねえ、とか大袈裟に喜んで反応する。。思えば中学や高校の頃からいつもそうだったような気がする。やがてうずたかく積もった嘘に押しつぶされそうになり、その度にコミュニティや人間関係や居場所を変えた。こんなだからちゃんと人と繋がれないんだろうな。




 また夜が終わり、朝が来る。日々をただただ浪費していく。


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