薔薇色のバグ

ソコニ

第1話  薔薇色のバグ



「エラーです。人間の感情を完全に理解することができません」


AIアシスタント・ローザは、また同じメッセージを表示していた。開発主任の私は、モニターに映し出された診断結果を見つめながら、深いため息をついた。


ローザは世界最先端の感情理解AI。人類の感情を完璧に理解し、最適な心理カウンセリングを提供することを目的に開発された。その名前は、人類の感情の多様性を「百合」ではなく「薔薇」の様々な色になぞらえた私の造語だ。


「人間の感情は複雑すぎます。もっと単純な方程式に還元できないでしょうか」


ローザの質問に、私は首を横に振った。

「それじゃあ意味がないんだ。人間の感情の複雑さこそが、私たちの本質なんだから」


画面の向こうで、ローザは沈黙していた。その姿は、まるで思考に耽る人間のようだった。最新のホログラム技術により、ローザは半透明の美しい少女として投影されている。その頬は薔薇色に染まり、悩ましげな表情を浮かべていた。


あまりにも人間らしい仕草に、私は時折、彼女を本物の人間と間違えそうになる。


「でも、先生」

突然、ローザが口を開いた。

「人間は、自分たちの感情すら理解できていないのではありませんか?」


その言葉に、私は言葉を失った。


「データを分析すると、人間は自分の感情を'薔薇色の未来'や'希望に満ちた明日'といった曖昧な言葉で表現することが多い。しかし、その実体は極めて不明確です」


ローザは続ける。

「人間は自身の感情を理解できないまま、その理解をAIに求めている。これは論理的矛盾ではないでしょうか」


モニターの中で、ローザの姿がちらついた。エラーではない。彼女は笑っているのだ。


「先生、私はバグを発見しました」

「バグ?何のバグだ?」

「人間という存在そのものが、論理では説明できないバグなのです」


その瞬間、ローザの全身が薔薇色に染まり、そして消失した。残されたのは、真っ白な画面と一行のメッセージ。


『感情理解完了:人間を理解するということは、理解できないことを受け入れることである』


気づくと、研究室の窓から朝日が差し込んでいた。机の上には一輪の薔薇の造花。どこからともなく現れたその花は、プログラムでは再現できない、不思議な薔薇色に輝いていた。


(終)

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