手のひらを薔薇色に染めて

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

その死の秘密は勘ぐらないでください

 とある女子校で一人の少女が殺された。

 犯人は仲の良かった同級生の女の子。

 二人はよく一緒にいて校内でも親友同士だと有名だった。

 仲違いした様子もなく二人の間にはトラブルもなかった。


 犯行現場は校内にある別館の木造校舎。

 その使われていない第二美術室で殺されていた。

 通報者は犯人の女の子だ。


『人を殺しました』


 抑揚のない淡々とした口調。

 通報を受けた警官と案内の教員は現場に駆けつけて息を呑んだ。

 あまりにも美しく殺されていたから。

 犯人の女の子は死体のそばで凶器のナイフを持ったまま静かに佇んでいることに気づくのが遅れた。


 部屋に踏み入るのを躊躇うほどに、その空間はあまりに完成されていた。

 死体の脈を計るまで警官は二人の高校生の悪戯で、虚偽の通報だと信じ込んでいたほどだった。


 第二美術室はその部屋全体がキャンバスのように膨大な純白の布で覆われていた。

 装飾されていた。

 ライトアップされていた。

 天井から吊るされた布のひだまで計算尽くされていた。

 ドア付近には殺された少女を描いた何十点もの絵画が飾られていた。

 この犯行現場となった美術室と全く同じ構図の絵画も存在した。

 いずれも絵師に笑顔向けていて仲の良さがうかがえた。


 被害者と犯人は校内でも有名な親友同士だった。

 常に一緒にいて仲睦まじく仲違いしているところすら見たことがなかった。

 特に放課後は二人だけの世界。

 絵師とモデルの関係。

 犯人の少女は高校の三年間、様々な構図で親友の少女を描き続けていた。


 死体は第二美術室の中心。

 一つ一つ丁寧に刺が取り除かれた色とりどりの薔薇の花束で作られた薔薇の花畑に寝かされていた。

 争った形跡はない。

 被害者の少女に胸の殺傷以外の外傷もない。

 睡眠薬などの薬物の痕跡もない。


 死の直前まで二人が口吻を交わしていた痕跡はあった。

 被害者の少女の頬には犯人の女の子が流した涙液が付着していた。


 警察は殺人事件と扱っていいのか迷っていた。

 被害者の少女があまりにも穏やかな笑顔で死んでいたから。

 自殺の二文字が頭をよぎる。

 例え犯人の女の子が刺したのだとしても、これは自殺なのではないか。

 警察が犯人の女の子を拘束したのは、犯人逮捕よりも被害者の少女の後を追わないか監視するためですらあった。


 警察のもとに被害者遺族から診断書が送られてきた。

 少女の身体は癌に冒されていた。

 若いから進行が早い。

 しかし末期癌ではなくまだ治療は間に合う。

 長い闘病生活になるかもしれないが助かる見込みはあった。

 おそらく高校の卒業と大学受験は犠牲になっただろうが、治療により助かる可能性はあったのだ。


 しかし動機としては十分だ。

 若い少女が世を儚んで自殺を選んでしまった。

 親友に自分の死を手伝わせた。

 殺人罪ではなく自殺ほう助ではないか。

 けれど犯人の女の子は否定した。


「違います。私が彼女を殺したんです。病気は関係ありません」


「……罪の意識を背負っているのかもしれませんが、あまり思い詰めないでください」


「だから違います。彼女は闘病生活を頑張ろうとしていました。自殺する気なんてなかった」


 確かに被害者の少女は病院で医者や保護者とそのような話を進めていた。

 だが弱った心は移ろいやすい。

 思春期であればなおさらだ。

 親の前では前向きな言葉を発しても、裏では弱さに負けていたのかもしれない。


「……でもね」


「彼女は私に殺されたんです。自殺なんて美しくない。彼女の死を汚さないでください。あんなに美しく死んだのに。薔薇に囲まれて美しく殺せたのに」


 警察は犯人の女の子を不起訴処分にした。

 殺人罪としても自殺ほう助としても罪に問わなかった。

 親友の死を手伝ったことにより心神喪失状態に陥っている。

 精神鑑定によりそのように診断された。


 こうして事件の幕は閉じた。

 犯人になれなかった女の子は高校を辞めて治療を受けている。

 ただこの事件はネット上で話題を呼んだ。

 女の子が少女を描いた数十点の絵画は高校生が描いたとは思えないほどに、あまりにも精緻で美しかった。

 いずれも薔薇をモチーフにしており『少女と薔薇』シリーズとして売りに出されて、話題性もあることから数百万円の値がつき、今も価値が上がり続けている。


 被害者の少女の墓に一人の女の子が訪れていた。

 手には真っ赤な薔薇が一輪。


「どうして最後の最後でこうなったんだろうね? 私は正直に全部話した。計画は完璧だった。準備に二年以上かけたんだよ? それなのにどうして失敗したんだろう」


 薔薇を握る手から血が流れる。

 棘がついたままだった。


「フランスの『棘のない薔薇』ってことわざがあってね。この世に完璧なものなど存在しないって意味なんだって。あの日、用意した薔薇の花束の棘を落とさなかったらよかったのかな?」


 血のついた手で真っ赤な薔薇を墓に添える。


「そうすれば薔薇の上に寝るの嫌がってくれた? 最期に抵抗してくれた? なんで病気になんてなったの? 最期の『キスして』ってなんだったの? わからないよ」


 それは少女のことを悼んでいるようにも、責めているようにも聞こえたが。

 親友二人の想いは異なっていた。

 最後まですれ違い、重なりあうことはなかった。


「そのせいでアートが完成しなかった。自殺なんて美しくない結末がついちゃった。全然完璧じゃないよ。高校最後の作品が未完成のまま終わっちゃったよ。これからどうしよう? 他のモデルの子を探さなきゃ。ばいばい」


 女の子は真っ赤な血塗られた手を振って、出会った瞬間から殺そうと決めていた少女に別れを告げる。

 本当に病気など関係なかった。

 女の子は高校に入ってからずっと少女を美しく殺すための構図を模索し続けていただけなのだから。


 誰も女の子のことを理解できない。

 女の子の歪な在り方をそのまま愛して、最期の瞬間まで抵抗しなかった少女はもういないから。

 女の子を手のひらを深紅の薔薇の色に染めたまま、街の中に消えてしまった。

 

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