悪魔は目蓋に住んでいる。またはそれとの問答。
志水川 結木
悪魔は目蓋に住んでいる。
時々酷く苦しくなり、人生の終わりを考える。ボゥと浮かんだ意識に幸せな夢が終わったのだと気が付いた。
閉じた目蓋の裏で何度もシュミレートのように繰り返しに描かれている自身の亡骸を、煙に消すように頭を振っては久方ぶりに暗闇から手を離す。
ごろんと天井を見上げる形でベッドへ横たわった私の視界には、柔くも直視し難い眩さで白光を放つライトと、少しのくすみでグレーがかったオフホワイトの壁紙が広がっている。
消すのも億劫で暫く休みを与えられていないLEDのそれをジと見つめるが、暗闇に慣れきった眼は自然に逃げを選んで横にある火災センサーを捉えた。黄ばんだプラスチック製のそれは小汚ない。
リモコンは何処へ投げただろうか。やはり耐え難い眩しさに、腰にかかっていた毛布をズリズリと上げて目元まで覆い隠した。冬用のそれは無駄に毛があり分厚く重い。その重さにどこか心地好さを感じ、軽く舌を打った。身に湧き起こる感覚全てが不快であった。
生の終わりとはなんであろうか。無論、死であろう。
世界には死ぬなという言葉が溢れている。思い詰める前に相談を、だとか君は一人じゃないだとかの綺麗な言葉に溢れている。気色が悪いね。
どれも声をかける先へ責任を持たぬ綺麗な言葉だ。簡単に吐ける言葉であり、道徳的で模範的で正しい素晴らしい言葉だ。ねぇそう思うだろう。
反吐が出る位には嫌いだ。大嫌いだ。
死なないでくれ、俺でも言えるし言う言葉だろう。とても簡単だ。
それは救われない人間には端から向けられていない、勘定されていない言葉だ。何故なら言葉が届く先にさえ伝われば良い言葉だから、救える者にさえ届けば良い言葉だからだ。言葉は常に届く先にしか向けられていないからね。
だから俺は嫌いだ。しかし届く人間には素晴らしいだろうなと思うし、ワンチャン言う先が届く人間だったらラッキーだなと思って俺も言う。ただそれくらいの言葉だ。
俺もあなたが大切だから死んだら寂しいよ。と言ったことがあるしこれからきっと言う。届く人だと良いなと思いながら。届かなかない人だったらまぁ仕方ないかなって思う。だから俺はこの言葉が嫌いだ。俺は届かないから。届かない言葉は嫌いだ。だってそう無意味だからね。
あとは、届く人だったら良いなとか、折角言ってくれたのに俺は届かない人で御免ねと思うから。気持ちが分かる分申し訳なさがある。別に俺に死なないでほしい人間がいたくらいでは俺の苦しみは和らがないし、和らいで堪るかって思う。他人が他人を救えるかよってね。
どこまでも生きづらい性分だね。まるでいつまでも悲撃のヒロイン気取りの抜けないガキだな。
救われ方を知らないし救いに来てくれるヒーローもいないことを知ってしまっているし、もう既に死がその救いなのだということを幼い頃から定義してしまっている。もはや可哀想。恵まれているはずなのに心は渇いて貧しいままの憐れなガキ。
被った毛布の中で丸まるように膝を抱く。頭の中でいつものように言葉が濁流で流れていくのを何処か他人事のように思いながら聞き流す。そして私の言葉を追い掛けるように重ねて話す悪魔を頭から追いやろうと蠢く。
へらへらと私そっくりの顔で笑っているだろう、ひょろく軽薄さを形にしたようなそれの姿を想像しながら、自分より幾分低い酒焼けのような掠れた声をかき消すように耳と頬の間辺りをガリガリと搔きむしる。
思考は自分そっくりで、それよりも性悪で、見て見ぬふりで目を反らして気が付かない振りをしていた事を嘲るようにまざまざと見せつけるように言葉に流して晒すその悪魔の形が、目蓋の裏の自分の死体と一緒に消えてしまえば良いと思いながら唸りを上げた。
手はいつの間にか首元まで降りてきた手が喉仏に引っ掛かった。人間の身体の凹凸が気持ち悪かった。木や石や粘土のように削れたらどんなに楽だっただろうか。馬鹿な思考と苛立ちとを乗せ生まれた獣によく似た声が毛布に吸い込まれ数段くぐもって耳に入った。いっそ獣性に飲み込まれれば楽だろうか。
馬鹿な思考を見透かすように大きくなった笑い声を割りたくて死んでしまえと叫ぶ。声はやはり毛布に吸い込まれた。ハタとそれから、きっとニンマリと「それは自分への願いじゃないか、間違えちゃダメだよおバカさん。」と言われるだろうなと考えて、自分もお前も死んでしまえと言っているんだよ。と先に訂正を重ねた。
毛布に籠った熱と自身の冷えきって温度を忘れた足先の矛盾が気持ち悪い。抱えていた膝を解いて少し動かせば汗を染み込ませじっとりと絡む布団の長い毛が酷く不快だった。
目蓋の裏側で、横たわった亡骸の私の鳩尾に顎を置いた悪魔が「死んじゃえば快も不快も苦しみすらも無くなるのに」と馬鹿な子を見るようにニコニコ笑っている。口の中で舌を這わせるようにしながらもう一度、死んでしまえ、と声に出さずに言葉だけで転がして、どうか次は目が覚めませんようにと暗闇に身を委ねた。
悪魔は目蓋に住んでいる。またはそれとの問答。 志水川 結木 @Mirai_gaoka
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