6話 〜 Carota 〜
*登場人物には特別な許可をいただいています。
空に空砲が響き、街全体がお祭りのような高揚感に包まれる。
今日は、この街に住んでる人達が楽しみにしている航空ショー初日。
いつもは閉まっているゲートが開け放たれ。行き交う人々は地域の人だったり、ミリタリー好きの観光客だったりといろいろだ。
普段は隊員の人達が激しい訓練が行われている運動場には多くの屋台が並び、ヨーヨー釣りや射的、くじ引きや訓練で使用している障害物を利用した障害物競走など子供も楽しめるものや隊員達が食べている食堂のメニューをずらりと並べた食べ物系。どれも来た人達を楽しませる工夫が凝らされていて、屋台に並んだ人達も受け応えをする隊員達の人も笑顔だった。
「空軍名物! 空飛ぶハンバーガーのパフォーマンスが、もうすぐ行われます。ご観覧の方はお早く〜」
パフォーマンス時間が書かれたプラカードを持った売り子の隊員が声を上げ歩いている。
空飛ぶハンバーガーは、この基地の名物フードだ。鉄板で焼き上がったパティを飛行機に見立て高さ一メートルまで投げ、数メートル離れた場所で飛ばしてバンズでキャッチするというもの。
それを初めて見たのは、私が子供だった頃。そのトスの正確なコントロールと受け取る側の絶妙な位置どりに目をまん丸にして驚き拍手をした事を今でも覚えいる。
しかし、今日はその凄技を見ている暇は、残念ながら私にはなさそだった。
「ツナチーズとすき焼き。ドリンクは夏蜜柑ソーダで」
「はい。こちら7番の札を持って少々お待ち下さい」
航空ショーが始まってすぐは、そこまで忙しくなく、何より初めての出店だったので、大丈夫だろうと思って作り置きをある程度作って助っ人の2人にキッチンカーを任せ、今のうちにと自分のお店以外のフード系の屋台をチェックして、目をつけたフードと飲み物の2つだけ買ってキッチンカーへ戻るとズラッと並んだお客さんの列にビックリした。
助っ人の1人が列を整え、もう1人が接客対応と言った感じで、作り置きの分も残りわずかで2人で回るか回らないかの本当にギリギリのライン。
「店長さーん! 在庫残り僅かです。すぐ入ってもらえますか〜」
列を整えてた助っ人の方が私の姿を見つけるや否や苦笑して、キッチンカーの中を指差す。私も2つ返事でキッチンカーの中に入ると在庫が少ないおにぎらずを作り始めた。
(やっぱり人気は、すき焼きとツナチーズか〜。美味しいもんね〜)
ラップの上に正方形の焼きのりを角が上になる様に置いて、中央に炊飯器からご飯を四角くなる様にのせる。その上にレタス、スライスチーズ。そして、マヨネーズと隠し味で醤油を少し加えたツナ。具材の上にもう一度ご飯をのせる。
左右、上下の順で海苔をたたんで包み、最後に海苔が開いてこない様にラップで包んで10分ほど海苔をご飯と馴染ませてラップの上から濡れ布巾で一度拭いた包丁で半分に切ったら、ツナマヨとチーズ、レタスのおにぎらずの完成だ。
ポイントしては、ご飯で具をサンドするためご飯は少なめにする事と海苔の角を必ず上にしてラップの上に置くと上手くできると試作の時に経験済みで、試作段階ではそれが出来ていなくて海苔から少しはみ出てしまうハプニングも笑い話で、今はせっせと作って在庫がなくなってお客さんを待たせない様にする事だけに専念した。
「ささみとにんじんナムルのおにぎらず、1つ下さいな」
気覚えのある声が耳に届き、作る手をそのままに視線だけお客さん側へ向けると私に嬉しそうに手を振る沙耶さんと目があった。
商品を受け取ってから、くるりとキッチンカーの横を通って私が作業していても話しやすい場所まで移動してくれた沙耶さん。
「良い感じに並んでますね。おにぎらず」
「はい。助っ人の方が優秀なので、3人でもなんとか回せてます」
「店長さんはご飯食べれないけど?」
キッチンカーの台の上に置かれた氷が完全に溶けてしまった飲み物を指差して沙耶さんは笑った。
「私のおにぎらずを食べて幸せそうな顔してくれる人達を見てたら、不思議とお腹が空かないんですよ」
本日分が完売したら、途端にお腹が空くと思いますけどと言葉を付け足すと沙耶さんは、更に笑い。1枚の紙を私に差し出した。
調理のため、手にはめていたビニール手袋をとってそれを受け取り中身を確認する。いろんな種類のおにぎらすと飲み物、数種類が書かれたメモだった。これは? と言う顔で沙耶さんを見るとスイカ割りしてたあの部隊長さんからの注文リストだと教えてくれた。
「部隊長さん……だけのじゃないですね」
「あいつの部隊。この3日間、朝から忙しいから、隊員達の差し入れも入ってるんじゃないかしら?」
「なるほど。注文リスト確かに受け取りました。沙耶さんはこれから……」
どうするのかと聞こうとしたら、沙耶さんが首からストラップをつけて下げていた携帯端末が軽快な音を立てた。
話の途中だったのもあり、沙耶さんは私に謝ってから電話に出る。私と話している時は笑顔だった沙耶さんの表情から一変。仕事モードへ切り替わり、内容までは分からないけれどテキパキと電話相手に指示する姿は、同じ働く女性としてもカッコいいと見惚れる程、綺麗で美しかった。
数分して電話を終えた沙耶さんがもう一度私の方へ振り向くと
「貴重な休憩時間が強制終了です」
「お仕事ですか?」
「そっ。基地に慣れない一般の人もいっぱい来てくれてるからね。軽度の怪我人が続出で……大変ですけど、なりたくてなった仕事ですし、頑張って来ます」
また時間が出来たら来ますと言って沙耶さんは、この航空ショーの為に作られた人が大勢往来する通路に消えていった。
自分と同じように頑張る女性の姿を見ると勇気をもらえる……とはよく言ったもので、お客さんの笑顔以外の元気ももらった私は、おにぎらずを食べたいと思って並んでくれたお客さん達を目の前にとびきりの笑顔で応えた。
(さぁ、私ももうひと頑張りしなきゃ!)
空砲とともに本日のメインイベント。航空ショーが始まり、飛行機によって空に鮮やかな白い線が描かれた。いつもの青みがかったグレーの機体色ではなく、夏空に映える白い機体が大空を華麗な技を披露しながら飛ぶ姿は、子供達も大人も釘付けになる。
私もショーをゆっくり見たいけれど、嬉しい事に初日の早い時間に完売になっているメニューもあり、お客さんが疎になったとは言え、明日と明後日の仕込みの準備もあってそうはいかなさそうだった。
今回のおにぎらずの具に使っている食材を全て仕入れているお店の店長さんに追加注文メールを送ると明日の早朝には届けてくれるとの事。店長さんのご好意に感謝していると見慣れた赤い髪の男性がキッチンカーの前で手を振っていた。
「矢仲さん、お疲れ様です。休憩ですか?」
「お疲れ様です。いえ、部隊長の注文の品を取りに来ました」
「ありがとうございます! 沙耶さんから、部隊長さんの部隊は朝からずっと忙しいと聞いていたんですが、もう落ち着いたんですか?」
「このショーが終われば、今日の任務は終了です」
ショーと言って矢仲さんが空を指差す。その指に誘われる様に空を見る上げるとちょうどいいタイミングで二機が空に駆けた。片方は背面でもう一機のすぐ上を飛び、もう一機もズレる事なくピッタリと飛ぶ。途中上下が入れ替わった後、一機が少し間隔を空けて背面飛びをする一機の周りをクルクルと円を描く様に回る。確かコークスクリューという技名で、とても難易度高い技だったと記憶している。その凄技を見ていたお客さん達からは拍手と歓声が上がった。
「え、矢仲さんの部隊ってショーの?」
「そう、メインイベント担当する航空部隊です。まぁ、俺は整備士なので飛びませんけど」
と矢仲さんは笑った。
航空ショーで演技を担当する部隊に所属する事は、子供だけでなくパイロット達の憧れであり夢でもある。確かにパイロットの方が華やかで目立つがそれを陰ながら支える整備士の人も私も十分凄いし、尊敬すると伝えると矢仲さんは、普段から男性にしては少し赤い頬を更に赤く染め、照れ臭そうに笑ってお礼を言った。
「部隊長さんは、今飛んでるって事ですか?」
「あぁ、はい。さっきの技でグルグル回ってた方ですね。普段乗りなれてる愛機じゃないのによくあそこまで操縦出来るなんて化け物ですよね〜」
ある意味悪口とも言える言葉とは裏腹に飛行機が飛んで行った方を見る矢仲さんの瞳は、憧れと尊敬で溢れていた。
「そういえば、まだ部隊長さんの名前聞いてなかったです。聞いたら教えてくれますかね?」
「あー、教えてくれると思いますけど……聞かなくても、その航空ショーのパンフレットに顔写真付きで載ってますよ」
そう言って矢仲さんは苦笑しながらキッキンカーの中に置いてあった航空ショーの入場の際、全員がもらえるパンフレットを指差す。
パンフレットには、3日のタイムスケジュールはもちろん、航空ショーで登場する飛行機の種類とショーで披露する技名。そして、操縦するパイロット達が顔写真付きで掲載されていて、航空ファンには堪らない必須アイテムで、私も子供の頃からの宝物だった。
それをウッカリ忘れてた自分が恥ずかしくて、私は矢仲さんの髪以上に真っ赤な顔になり、注文の品を入れる予定の大きくて丈夫な紙袋で顔を隠した。
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