7話 〜 Sukiyaki 〜
*登場人物には特別な許可をいただいています。
航空ショー2日目。
水平線の向こうから登り始めた朝日に基地全体が照らされる。今日も雲一つない青空と朝の澄んだ空気を感じながら、昨日の夕方と朝から基地食堂の厨房を借りて仕込んだおにぎらずの具を取り出し易い様に保存容器へ詰めていく。
(昨日より多めに用意したけど、大丈夫かな……)
一人そんな心配をしていると厨房の入り口付近で部隊長さん。名前を和田一樹さんが手を振っていた。
「今日も早いな。仕込みか?」
「はい。初出店だったんですが、昨日お客さん達の反響が良かったので」
私がそう言うと和田さんは、詰め終わった保存容器をいくつか重ね、ヒョイと持ち上げた。
「どれも美味かったからな〜。今日も隊員達の差し入れで注文しようかと思ってるけどいい?」
「もちろん!」
「ありがとな。後で注文書届ける」
届けるの俺じゃないと思うけどなと付け加え和田さんは、これキッチンカーに持って行っとく。助っ人の隊員達が今作ってるんだろ〜。と保存容器を持って行ってくれた。
遠ざかる背中に大きな声でお礼を言うと片手を上げて返事をした。
(搬入の時もだけど……また、手伝ってもらってしまった。今日のおにぎらずオマケしようかな)
と考えながら、私も残りの保存容器を持ってキッチンカーへと急いだ。
初日に比べ私も助っ人隊員さん2人との連携もかなり取れるようになり、並んでくれているお客さん達も航空ショーに慣れている他のブースに比べて不慣れな私達に幾分か対応が優しい気がした。
(今日は、私も休憩とれたら良いな〜)
と考えていると店先に見覚えがありすぎる顔が私に向かって手を振っていた。私は、目を見開いて驚き、そして慌てて身振り手振りでキッチンカーの裏に回るように伝えるとその人はニコニコと笑って、助っ人2人に挨拶をし、私の元まで来た。
「な、何してるの?! 母さん」
「何って、いやぁね。はるなが頑張ってるかな〜って気になったから、来ちゃった」
と言って母は、自分のカバンからエプロンを取り出し、手洗いをしてからキッチンカーに備え付けしている調理用ビニール手袋をはめた。
「え、何? 手伝ってくれるの? 家の仕事は?」
「今日は、食器洗い当番の九十九君と宮白君が2人でみんなの分のカレーも作るから〜。はるなの事手伝いに行って下さいですって〜」
優しい子達で助かっちゃうわ。と母は笑いながら、並んでいる間に私のおにぎらずの作る工程を見ていたのか、すごい勢いでおにぎらずを作り出した。
私の実家は、昔から陸軍の独身寮をしていて、朝と夜は寮母である羽海野家がご飯を作る事になっている。
母の無駄のない鮮やかな手捌きと手際の良さに感服しつつ、私も見習わないとと止めていた手を動かすと母はチラリと私を見て、ふふふと優しく微笑んだ。
「はるな。少し休憩しなさい」
「え、でも……」
「大好きな航空ショーでしょ? 見たい所や食べたいものいっぱいあるんじゃないの?」
母の言う通り、確かにある。あるけれどと悩んでいると丁度空になったトレーを洗い終えた助っ人隊員さん1人と目があった。
「店長さん、お母様の言う通り少し息抜きして来てはどうですか? 自分達は交代したら休憩時間ありますし。昨日は休憩なしだったでしょ?」
「あら、頑張り屋さんなのは貴女のいいところだけど、頑張りすぎはダメよ。母さんが代わってあげるから。ね?」
と隊員さんと母の笑顔の圧で渋々キッチンカーの外へ出る。でも、来てくれるお客さんの笑顔も見たいからとキッチンカーの方へ振り返ると、母が紙袋を差し出した。
「貴女のことだから、お客さんの笑顔が〜って思ってるんでしょ? お客さんの笑顔に応えるのは、疲れてない最高の笑顔よ。隠してるつもりだろうけど、貴女笑顔が少し疲れてるわよ。貴女が頑張って作ってくれて私が買ったのだけど、これでも食べてリフレッシュしてきなさい」
母は、何でもお見通しとはよく言ったもので、反論する余地すらない私は紙袋を受け取り母と助っ人隊員さん達に見送られ休憩する事になった。
しかし、それはあまりにも急で想定していた時間ではない休憩時間だったのもあり、私はどう時間を過ごすか少し困ってしまった。
(今日もフード食べれないかもしれないから朝ご飯いっぱい食べてて、まだお腹空いてないし。体験型のは整理券ないと出来ないし……)
と通りをブラブラ歩いていると通りの右側から大きな歓声が上がった。歓声が上がっている先にあるのは!タイムアタック形式の障害物競走だったのを思い出す。自分が参加するのは、少し恥ずかしいので遠慮したいけれど。参加している人が頑張ってる姿を見るとついつい応援してしまい時間が経っている事がよくある。
(キッチンカーからもあんまり離れてないし、応援しててお腹減ってきたら、母さんがくれたおにぎらず食べれば良いか)
とコース全体が見える場所まで移動した。
スタートラインに立ち、今まさにチャレンジしようとしている参加者数名の中の1人が観客席に向かって手を振っていた。
茶色く短い毛は癖っ毛なのか外はねしており、スラリと伸びた両手足に。隣で並んでいる他の参加者と比べて少し小柄な体型だが、フットワークが軽そうな感じが遠くからも見てとれた。
(柴犬……いや、チョコレート色のラブラドールかな)
手を振る姿は、まるで飼い主にアピールしている犬のようで可愛いなと密かに思っていると、その人と一瞬目が合い、こちらに向かって大きな声を上げる。
「聖せんぱーい! 最速タイム更新したらフード一個奢りなの忘れないで下さいね!」
と叫んだ。
絶対私に対して言っている訳ではないのに思っていた事がバレたような気になり、ドキッとした私は目を逸らした。
声をかけられた相手の人は、私のすぐ後ろの席に座っていたようで、
「いいから、早く位置に着きなさい。係の人に迷惑でしょ」
と少し呆れた声が後ろから聞こえる。
チラリと後ろを見ると前髪を顔のセンターで分け、後ろは綺麗に刈り上げて寝癖もなく綺麗に整えてた黒髪。細身の眼鏡をかけたいかにも真面目そうなお兄さんが眉間に皺を寄せて座っている。
先輩と呼ばれたその人は、大きな声を上げた彼に返事をした後、自分に集まる周囲の視線に気づき、一度咳払いをして立ち上がり
「驚かせて、すみませんでした」
と頭を下げ座り直した。
彼が座り直すのとほぼ同時に競技スタートのブザーが鳴り、観客も私もコースの方へ視線を戻す。
(さっきのお兄さん、どこだろ?)
スタートを切った参加者達の中から、先程の印象的だったお兄さんを探す。あれだけタイム更新を豪語するのだから、きっと早いに違いないとは思っていた。先頭グループの中にいるのかと探してみる。お兄さんは、先頭グループどころか他の参加者達とは身体ひとつ分前に出て、それはそれは楽しそうに障害物をクリアしていた。
壁を登ったり、障害物を軽々と飛び越える姿は、まるで踊っているようにも見える。
(わぁ! ホントに身軽だ〜。えっと何だっけ? ……パルクール?)
以前、テレビで街の中や公園、森や岩場といったいろいろな場所でパルクールを楽しむ人達の特集をしていた。
パルクールの起源は、軍隊トレーニングのスタンダードであったトレーニングメソッドにあると番組の中で紹介されていて、この基地の人達がやったらすぐ上手くなってしまうんじゃ? と思いながらその番組を見ていた。しかし、今、目の前でそれをしているお兄さんのスタイルは、軍隊というより、パフォーマーと言った方が良いくらい楽しそうだった。
もちろん、レースは最初から最後までお兄さんの独走状態で参考タイムを出していた隊員さんの記録に迫る速さでゴールし、参加者記録の最速を更新した。障害物競走担当している隊員さん達に入隊しない? という冗談を笑ってから先輩の元へやって来た。
「聖先輩、約束守ってくださいよ!」
「分かってます。それで? 食べたいフードって何なんです?」
「これです! 今年初出展のフードで『おにぎらず』って言うらしいです」
お兄さんの口からおにぎらずと出た瞬間、私は驚き後ろを振り返る。必然的にお兄さん達2人と目が合い、照れ隠しで微笑んで見る。
(おにぎらず食べたいって言ってもらえた事が嬉しくて、思わず振り向いちゃったけど……普通に変な人になってるよね。私)
そのまま笑って誤魔化して逃げようかと考えていると犬みたいに元気なお兄さんが私の持ってる紙袋を指差して声をかけた。
「あ、お姉さんもおにぎらず買ったんですか? もう食べました? 俺、すき焼き風のが食べたくて……」
「飛田くん。初対面の女性に突然声をかけるのは、とても失礼ですよ」
連れのものがすみません。と謝る先輩さんに私は、
「大丈夫ですよ。おにぎらず、どんな感じなのか見てみますか? 見たらのお兄さんも食べたくなるかもしれませんし」
と言ってお店のロゴを印刷した紙袋の口を開き、半分に切られ中身が見える様にラップに包み直しているおにぎらずを一つ取り出す。
ラップに包まれた状態でも香る甘辛く少し香ばしい肉の匂いが鼻をくすぐり、一緒に挟まれた目玉焼きは、中身がこぼれない八割程度火が通った丁度塩梅の半熟卵。その二つの具と相性の良い千切りキャベツは軽く蒸して、お肉を煮込んだ時の煮汁を少しだけ和えている。お好みで味変できる様に七味唐辛子をつけてみては? と矢仲さんと沙耶さんのアドバイスを生かしてみた。
「やっぱり、現物の破壊力はすごいですね。俺、お腹鳴りそうです」
「確かに、これは美味しそですね」
「ありがとうございます。お店はここから然程離れてませんし、キッチンカーなので目立つと思います」
私の言葉に2人は、少し考え互いに顔を見合わせてから、私を見た。
「お姉さん、もしかしておにぎらず販売してる側ですか?」
「あ、はい。私が出店元のカフェを経営してます」
「なるほど、出店元がカフェという事は飲み物ありますか? 例えば、コーヒーやお茶系の」
「はい、ございます。今日のおすすめはブラックティーです。香辛料が苦手でなければ、お試しください。あ、ソフトドリンクもあるので、ぜひ」
と微笑むと2人は、私にお礼を行ってキッチンカーの方へ歩いて行った。
(2人の口に合うメニューなんだろ? 気に入ってもらえたら嬉しいな〜)
自分の考えたメニューを気になってもらえて、しかも食べたり、飲んだりして笑顔になる人達の姿を直接見れる事はやっぱり嬉しいもので、私の心は踊りまんべんの笑みを浮かべ、次に始まる障害物レースの参加者達に声援を送るため、席についた。
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