番外編 巡るえにし②







「……もし」



 急に話を振ったイルにレナートが口をつけていた紅茶から顔を上げる。


「もし、その話が本当だとしたら……私達はまた会えたんですね。同じ一族が再び会えたのだとしたら……それが自分なのだとしたら……誇らしくて、嬉しいです」


 そう言って笑った紅の少女の瞳は、紅くはなかったけれど。

 レナートはイルだからこそこの縁が結べたのだと思う。


「……出会った順番がもう少し違ったら、一族が再び一つになる……という未来もあったのにねぇ?」


 意味深に笑ったレナートにガヴィが無言で睨みをきかせる。

 意味が理解できず困惑するイルにレナートは声を上げて笑った。


「そんな怖い顔をしなくても取ったりはしないよ! 人の物に手を出す趣味はないからね。しかし結婚前に婚前旅行とはアルカーナの国王も粋なことをされる。クリュスランツェの夜はかい?」


 同室だったんだろう? と揶揄われてガヴィがギクリとした。含んだ物言いにイルが首を傾げる。その反応に、今度はレナートの方が目をパチクリとさせた。


「え……。君たち良い仲なんだろう? まさか並んでお休みなさいって訳じゃなかろうに」


 レナートの言葉にガヴィが心底嫌そうな顔をする。その顔を見てレナートはポカンと口を開けた。


「……侯爵、君、私と同じ年じゃなかったか。え? え?」


 思わずイルとガヴィを交互に見る。レナートの困惑を、イルは違う風に受け取った。


「あ! レナート様、もしかして私のことお子様だと思ってます!? 私だってちゃあんと色々知ってます!」

「ん??」


 顔を赤らめてプリプリと怒る様はレナートから見ても大変可愛らしいのたが、自分とイルとでは何か認識のズレがある気がしてならない。


 唇を尖らせているイルの隣で「……お前ちょっと黙っとけ」と呻いた『赤い闘神』は死んだような目をしている。


「ええっと……イル、君は異性と同じねやに入る事の意味をわかっているのかな?」


 だいぶ直球で攻めてきたレナートに、ガヴィは思わず敬語も忘れ「オイ」ヤメロ、と止めに入る。


 イルはきょとりとした後、ますます顔を赤くして怒った。


「馬鹿にしないで下さい! おんなじお布団に入ったら、ややが生まれる事くらい知ってます! まだ結婚してないし、ちゃんと服は着てるから大丈夫です!」


 失礼しちゃう、と本気でヘソを曲げたイルとは対象的に、その場にいたイル以外の全員が固まった。


「……えぇーと……?」


 二の句が告げず、笑顔のままレナートが固まる。ガヴィも噛み合わないイルの発言に嫌な予感がして、恐る恐るイルに尋ねた。


「……お前、それ、どこ情報だよ」


 眉根を寄せたままイルがガヴィを見上げる。


「? どこって……兄様が、『兄様以外の異性とは結婚するまで一緒のお布団で寝てはいけないよ。服を脱いで一緒にお布団に入ったらややが出来てしまうからね』って」


 夏のクリュスランツェのテラスに、涼しい空気が流れた。


「……え? ……違うの!?」


 一様に固まってしまった周りの面々に、流石にイルも不安になる。


「ち、ちが……! ちが、わない……」


 違うだろ! と即否定しようと思ったのに、絶妙に間違ってはいない。

 間違ってはいないが今現在の認識のままでいいのかは大変に迷うところだ。

 なんだ~びっくりしたぁと胸を撫で下ろすイルに複雑な心境になる。


「……彼女、紅の一族の姫なんだろう……? そっちの教育は受けてないのか」


 笑顔を貼り付けたまま、レナートがこっそりガヴィに耳打ちをする。今時分、深窓の令嬢でも最低限正しい知識は教えられる。他家に嫁ぐことになる身分のある者ならなおさら。


「……生まれた時から男家族しかいない家の中、尚且つ昼間は森の中を駆け回ってたらしい」


 彼の口から独り言のようにこぼれた説明を拾って、遠い目をしたガヴィにレナートは「なるほど……」と何ともいえない顔をした。

 二人の間でそんな会話が交わされていることには気が付かず、イルは兄の教えが間違っていなかった事にホッとして笑顔で続ける。


「もー、驚かせないでよね。私だってそれくらいはわかるよ。もう子どもじゃないんだし! ……だから会ったばかりの頃、お城でガヴィと同じお布団で寝ちゃった時はドキドキしたんだー! あの時、私もガヴィもから!」


 結婚もしてないのにどうしよう! って。おややが出来ないこともあるんだねぇと笑うイルに、先ほどとは違う意味で周りの空気が凍る。そこにいた使用人までもが微妙な顔でガヴィの方を見た。


「……!! 違う!! 誤解だ!」


 服着てないってお前は黒狼姿だったろ、とか、俺はちゃんと下は履いてたわ、とか。いろいろ声を大にして否定したいがここで言えることが何も無い。


「でも今こうやってガヴィと一緒にいるんだから、これって運命ってやつかなぁ?」


 内心で嵐吹き荒れるガヴィとは裏腹に、先ほどまでの怒りはどこに消えたのか。はにかんで少々頬を染めながら頭をかくイルは残念ながら大変に可愛らしかった。


 イルの正体を知るレナートだけは色々察して、冷たい視線がガヴィに注がれる中、「君、苦労するねぇ……」と面白がって笑ったのだった。




 ❖おしまい❖


 2025.6.20 了

 ────────────────────────────────

 ❖あとがき❖


 番外編までずっとイルに振り回されているガヴィです(笑)

 シリーズ1からずっと追いかけて下さっている方は4でのイルに「え? イルってこんなに無知だった?? もう少し解ってる感じだったよね?」と思った方もおられると思います。紅の里にいた時はイル自身は気不味い思いもしていたのですが、リュカ兄は父に代わりずっとイルを守り慈しんできて、実はちょっとシスコンの気があるので色々と守りが固かったんですよねー(笑)


 イルも気がついていないけれどかなりのブラコンなので兄の言うことは間違いないと思っています。おかげで純粋培養で育ってここまで来てしまってます(笑)ガヴィは一途ですが、子どもの頃から早熟で割とおませさんだったので(イリヤに対しての恋心の自覚も早かったですし)、忍耐はありますけど煩悩も欲もあるのでなかなかに大変ですね(笑)


 リュカ兄はイルを父親のような目で見ていたのですが、ガヴィは兄のような気持ち半分、でも女性としてもイルを見ているので複雑です(笑)


 もし、ガヴィと出会っていなかったら、クリュスランツェ王家の誰かと結ばれたという未来もあったかもしれませんねー。レナートやヒューと先祖が同じせいかイルとは大変相性が良い気がします(私がレナートを結構好きなせいかもしれませんが)


 ここでは実現しなかった縁を、この二人の子ども達の代で結ばせてあげられたらなーなんて事はちょっと考えております。



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