番外編 巡るえにし①







「凄い……!!」


 クリュスランツェの王城から流れ落ちる水に陽の光が反射して、まるで槍の切っ先が光り輝くようなその姿は圧巻だった。


「普段はあちらに住んでいるんだが、正直こちらから眺める城の方がお気に入りでね。休暇はこちらで取ることにしているんだ。この窓から見える景色を『守らねば』という気持ちにさせてくれる」


 夢馬むまとの戦いの後、レナートに誘われたイルとガヴィは王都を一望できる小高い丘の上にあるレナートの別邸に招待されて訪れていた。王城から見下ろす王都とその周りに広がる森も素敵だったが、王都の外から眺める王城も素晴らしい。イルはレナートがここから王都を眺めるのが好きだという気持ちが解る気がした。



「ヒューバートが父からいただいた別邸はアルカーナよりの森林地帯だからね。彼は一面に広がる森に辟易しているようだが、義母上の故郷に近くて、『お前は好きなようにやれ』って父の親心だと思うんだけれど……あの人も口数が多くないから伝わりにくかったみたいだね」


 最近は自分から父王に話しかけに行ってるみたいだし……イルのおかげかな? とレナートに微笑まれてイルは「そんな」と首を横に振った。


 イルとガヴィが今いるのは、なんとレナートの私室の大きなテラスだ。一部屋分位ありそうな広いテラスに、白いテーブルと椅子、その上にはお菓子が並べられている。テラスの手すりから身を乗り出して王都を眺めていたイルの後ろに面白くなさそうな表情で立っているガヴィに、レナートは愉快そうに声をかけた。


「レイ侯爵も楽しんでおられるかな?」

「……おかげさまで」


 全然心の籠もっていない声色に、思わず笑ってしまう。


「君、その態度でよく貴族が務まるな」

「……元々平民でしたので、ご無礼をお許しください」

「父の前ではちゃんとしてたじゃないか。君、あからさまに私の事が嫌いだろう」


 笑って言ったレナートに、イルがギョッとする。


「仕事に私的な感情は挟みませんので」

「仕事中でなければ私が嫌いと言うことだね」

「嫌いなんて感情は持っておりません。苦手なだけです」


 もはや隠す気もなさそうなガヴィにますますレナートが面白がる。


「……別に君の大切な人をとって食いやしないさ。紅の一族に対しては、クリュスランツェの王族からすると少し興味深く思う理由があるんだよ」


 レナートの意外な言葉に、イルとガヴィが「え」と異口同音にレナートの顔を見つめた。

 レナートはイルの顔を見て目を細め、二人をテラスのテーブルの椅子に促す。


 三人が席に着いたところで、テーブルのカップに琥珀色の液体が注がれた。


「諸説あるからね、遥かいにしえの事だから事実かどうかはわからないんたが……クリュスランツェの王室と紅の一族の始祖は元は同じ……という説があるのさ」


 衝撃の事実に、イルだけでなくガヴィも目を見開いた。


 紅の一族の中でそういう話を聞いたことはないかとレナートに問われてイルは首を横に振る。


「クリュスランツェの方から流れてきた……という事は聞いたことがありますけれど……王室と関係があるとは聞いたことが有りません」


 イルの言葉に「まあ、これはお伽噺程度の余談だと思って聞いてくれればいい」と前置きをした上で、王室に伝わる国の始まりを教えてくれた。


「御存知の通り、我が国クリュスランツェは国土の多くが山岳と森林だ。その歴史はアルカーナ王国よりも古いが我々はこの気候を生き延びるため、古くから精霊とともに生きてきた。今となっては人口も増え、人と精霊は同じ地に居ながらも住む場所を棲み分けているが……この国が起こる頃は人も精霊も共にあったようなのだ」


 冬季に水が凍り、城をまるで氷の城壁のように守るのは気候が寒いせいであるが、国民と古くから共にあった冬の精霊が力を貸してくれていると信じている者も未だにいるらしい。


「遥か昔、国を立ち上げた者の親族に当たる人物が、精霊を伴って南の山を越えて行った……という記録が、王家の古い遺跡に残されているんだよ」


 驚くイルとガヴィの顔を見ながら、レナートはイルの兄に似た顔で琥珀色の液体に口をつけた。


「……紅の一族が襲撃に合い壊滅したという一報を受けた時、私はこの話を思い出してね。顔も見ぬ一族だが複雑な気持ちになったものさ。その後、ヒューバートの留学が決まって君の話を聞いて……この話はお伽噺ではないかもしれないと思った」

「で、でも……紅の一族がクリュスランツェの王家と関わりがあるかどうかは解りません。もしかしたら全然関係ないかも……」


 イルの言葉にレナートは「そうだね。今となってはそれを確かめる術はない。ただ……」と続ける。


「クリュスランツェを飛び出した人物が連れて行った精霊は狼の姿をしていたらしい。……そしてその瞳は血の様にとか」


 夏風が、さわりと吹いて3人の髪を揺らす。


「クリュスランツェで魔力の強い者の中には水を氷に変える、液体を結晶化させるのが得意な者が多い。……この符号を、ただの偶然と言うのか、それとも延々と続く人の歴史のロマンと取るのか……まあそれは個人の自由だな」


 君の兄上が私に似ていると聞いた時も不思議な縁を感じたものさ、とレナートは話を締めくくった。





【つづく】

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